小説版アマガミ ~森島先輩はそこにいる~
やはり森島先輩とはだいぶ違うな。
二人はかなり仲がいいみたいだけど、なんというか、対照的だよなぁ。
そうだ、塚原先輩に聞けばいいんじゃないか。やっぱり森島先輩に一番近い存在っていう感じがするし、僕の知らない(もしかしたら他の生徒が誰も知らない)ことをたくさん知ってそうだ。塚原先輩に森島先輩の好きな男性のタイプとかを詳しく聞けば大きくリードできるかもしれないぞ! よし、そうと決まったら休み時間に即行動だ!
とは言ったものの、いきなり物陰から飛び出してきて塚原先輩に「森島先輩の好きな男のタイプは!?」って興奮しながら聞いたら、完全におかしな奴だと思われるだろうし、どうしたものか……。
先ほどの男気のある決意もすぐに風化しかかってしまい、僕の頭はやるかどうかの迷いでいっぱいになった。
とりあえず生徒たちが教室移動でよく通っている廊下をうろついていれば塚原先輩とばったり会えるだろうと思っていたが、急に不安と緊張が湧き上がってきた。
森島先輩と一緒だったらどうしよう。
っていうか、塚原先輩と二人だけで話すなんてよく考えたら初めてじゃないか。
なんてことを頭の中でぐるぐると巡らしつつ、縮こまりながら廊下の曲がり角を曲がると、ちょうど塚原先輩が教科書を何冊か抱えて奥の方から歩いて来るのが見えた。見えたというより目が合ったと言ったほうが正しい。覚悟決める間もなく突然、ばっちり目と目を合わせてしまった。その時、鋭く目を射抜かれたような衝撃を感じ(いきなり先輩に会ってしまったことへの緊張なのか先輩の目つきのせいなのかは分からないが)、僕は固まってそこに立ち尽くすしかなくなった。
やばい。
どうしよう。
不幸中の幸いか、森島先輩と一緒ではなかったけど、何て話せば……。
塚原先輩はそのまま真っ直ぐ僕の方へ向かってくる。
僕はいかにも偶然そこに居合わせたかのような驚きの表情を咄嗟に顔に張り付けて「あ、塚原先輩! 奇遇ですね!」と言いたげな顔を作った。
「やあ、橘君」
と塚原先輩は相変わらず良い意味で表情と似合わない調子の声で僕に声を掛けてきた。
「塚原先輩、こんにちは! 先輩も教室移動ですか?」
「うん、次の授業が物理だから」
「そうなんですね! 僕も次、家庭科なんで家庭科室に行かなきゃなんですよ。いやー、珍しいですね、塚原先輩とこうしてばったり会うなんて」
「そうだね……」
そう言った先輩の語尾は何故か尻すぼみだった。ちらっと僕の手ぶらな手元を見た後、先輩は何かを言いたそうにして止めたので、妙な間が空いた。
直後、先輩の口元は何故か緩んだように見えた。
「それで橘君は……私に何か用なのかな」
「えっ、用ですか? ぐ、偶然、鉢合わせしただけなので、用は別になくてですね……。あ、でもあったような~。うーん、そうですね……」
僕はいかにも今から話題を絞り出すようにして考え込んだ。
我ながらわざとらしいと思った。
「あっ、森島先輩って、すごく男子に人気があるじゃないですか」
「うん」
「でも、先輩は告白してくる男子を次から次へと断ってるんですよね」
「そうね」
冷たい汗が肌を舐めるように落ちていくのが分かった。
「もう、そうなってくると、森島先輩が好きな男子のタイプってどんななんだろうな~ってすごく気になっちゃって。塚原先輩なら、何か知ってらっしゃるんじゃないかと思いまして」
何とかそこまで言い終わると、先輩は「へぇ~……」と何かに感心したような声を漏らしながら僕を見つめた。そして、聞こえるか聞こえないかのとても静かな声で「すごいね……」と呟いた。
この瞬きの間の一秒は十分のように感じた。塚原先輩にこんなにまともに顔を見られたのは初めてだ。この刺すような鋭い瞳の前では、僕はもはや丸裸にされているも同然で、足の裏まで見られてるような感覚になる。
すると突然、塚原先輩は口角を上げて微かに笑みを浮かべた。
あれ、なんで笑ってるんだ?
でも不思議と嫌な気持ちはしない。嫌になるどころか何故かちょっと見ていてちょっと気持ちがいい笑い方だ。
「ど、どうしたんですか?」
「ううん。ごめんなさい」
先輩は笑顔の余韻を残しながらも、いつもの冷静な顔つきになって少し考えた。
「そうね、思い切りのある男の子が好きなんじゃないかな。何ていうか、力づくで押すような感じじゃなくて、一生懸命でひたむきな姿には弱いと思うわよ」
先輩はそう言うと「ふふっ」と今度は声を漏らして笑った。
絶対に笑わないのではないかと思わせるまでに固く引き締まっていた表情が、唇の動きから始まって、それから鼻、そして目というように、互いに連鎖反応を起こすようにしてほどよく緩みの調和を作り、柔らかな雰囲気を滲ませた。こんなに緩い感じの先輩の顔を今まで見たことがなかったので驚いた。新しい先輩の表情を見た気がした。
「それじゃあね」
流れ落ちた汗の跡をシャツの濡れ具合で確かめつつも、何とか一大ミッションをこなしたことに安堵しながら教室へ帰っていた。
塚原先輩って、あんな優しい顔するんだ。
ちょっとドキッてしちゃった。
これから塚原先輩の見方が変わっちゃうよ……。
誰も知らない塚原先輩の秘密を僕だけが知れたように感じて、顔をにやけさせないようにするのが大変だった。
今日はなんだか友人たちの反応がヘンだ。朝、薫との会話でそれに気づいた。
「あんたさぁ……最近何かあった?」
「え?」
「昨日の昼くらいから雰囲気が急変したわよ。なんか気持ち悪い」
薫は、僕の机に座りながら偉そうな感じと失礼な感じを同居させながらそう言った。
薫の脅威が去ってほっとした後、前の方からふと視線を感じた。そっちを見ると、絢辻さんが遠巻きから僕を見ていた。目が合うとすぐに絢辻さんは視線を外して、すたすたと歩きだした。
何だ?
「ついこの前までの落ち込み具合はどうしたんだよ。今日はやけに生き生きとしてるじゃねぇかよ」
こいつもか。
体育の授業中、今度は梅原がこの調子で話しかけてきた。僕の肩に思いきり腕を回してきたせいでよろめいた。なんだよ、その圧は。
「やっぱ恋愛か? そうなんだろ!?」
昼休みの時間、食堂で梨穂子に会った。トレイを持って列に並んでいる間、梨穂子がダイエットにまた失敗したという話をしてきたので、僕はごく自然な返答として、
「別に無理に痩せようとしなくても梨穂子は可愛いと思うぞ」
と言ってやった。そしたら、
「ええぇ~!」
と身をのけぞらさんばかりにびっくりしてた。
「今日の純一はなんかいつもと違うねぇ~」
今日の僕、そんなにいつもと違うか?
う~ん。でもまぁ、いつもと違うところがあるとすれば、今日は心に余裕があるってことかな。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、今度はいつも僕が利用している中庭の自販機前で美也に会った。中多さんと七咲も一緒だ。
この三人はしょっちゅうここにいるのか?
ついこの前もここで会ったぞ。
作品名:小説版アマガミ ~森島先輩はそこにいる~ 作家名:美夜(みや)