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美夜(みや)
美夜(みや)
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小説版アマガミ ~森島先輩はそこにいる~

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「あ! お兄ちゃん」と美也の方から声を掛けてきたが、そのまま三人を無視して教室に戻るのも気まずいので、自販機に千円札を入れた後「そこの三人さん、何か飲みたいのある?」と言った。
「えぇ! いいの!? お兄ちゃんもたまには優しいとこあるじゃん!」
 美也もやけに驚くなぁ。 
 っていうか余計な言葉を付け加えるな。
 七咲と中多さんは、最初は僕の奢りを断ったが、結局は折れ、七咲は「いいんですか? すいません」と言い、中多さんも「……ありがとうございます」と言って、各々好きな飲み物を買った。
 その後、美也が「あれ、でも待てよ。何か怪し~」と、僕が飲み物を三人に奢った理由を探ろうとしたが、本当にこれといった下心はないのでそれを伝えると「ふ~ん」と言って納得いったのかいってないのか分からない顔をした。七咲も、奢ってもらって嬉しいっていうよりもどちらかというと怪訝そうな顔をしていた。
 女の子は勘が鋭いっていうけど、彼女たちにしか分からない僕の変化を感じ取ってるのかなぁ。
 あ、そういや梅原も一応気づいてたか。
 まぁ、なんにしても、僕としては割といつも通りなんだけど。


 下校の時間になった。教室を出て、靴箱で靴を履いて、校門を出た。今日は特に用事はないので真っ直ぐ通学路を帰った。
 そういえば今日、僕自身が感じた変化と言えば、絢辻さんがなんだかよそよそしくなったこと。もともとあんまり距離感の近い間柄ではなかったんだけど。
 図書室で会って以来、絢辻さんと話したりしてないんだけど、何でだろう……?
 ううむ。謎が謎を呼んでいる。




 次の日。気持ちの良い朝日を浴びながら登校している僕の頭からは、すっきり昨日のもやもやがリセットされていた。
 その頭上の日差しのように快活な頭からは自然と今日一日の目標が浮かんできた。僕はそれに燃えた。
 今日は直接、森島先輩に会って好きな男性のタイプを聞いてやるぞ!
 昨日は塚原先輩に親友としての立場から森島先輩のタイプを聞き出したけど、それはあくまで他人としての意見でしかない。一番手っ取り早いのは本人に直接聞くことだ、と昨日の夜にベッドで寝ながら、火が点いたように突然思いついた。
 ぐずぐずしてると卒業しゃうぞ!
 クリスマスはすぐそこなんだ!
 今日は辞書や分厚い教科書が通学鞄にぎっしり入っている日だったが、重さを感じなかった。


「も、森島先輩!」
 僕は昼休みに食堂前のテラスで森島先輩のカチューシャと毛先ロールの後ろ姿を見つけ、ダッシュで追いかけた。
「ど、どうしたのすごい勢いで……」
 あまりにも僕が呼吸を乱しながら勢いよく近づいて来たので、先輩は驚いた風だった。
「ちょっと聞きたい事がありまして」
「なになに? スリーサイズ以外なら答えてあげるよ」
「ち、違います」
「わかってるわよ橘君。ごめんね、からかっちゃっただけ」
 そう言いながら、いかにも面白そうに笑っている森島先輩。さすがだ。かなわないなぁ。
 いやいや、押し負けている場合じゃないぞ! 今日はこっちが攻める番じゃないか!
 そんな風に僕が昨日の決心を確かめていると、先輩が「それで何が聞きたいのかな?」と、僕が話しかけてきた訳をたずねた。
「その、先輩の好みの男性って、どんなタイプですか?」
「あれ、前に話さなかったっけ?」
「年上で頼りがいがある人って聞きました」
「あれ、私そんな風に言ったっけ? そっか~、うん、でもそんな感じかな」
 か、軽いっ。
 先輩、あの時のことあんまり覚えてないのかな?
「ほ、他にはないですか?」
「え? 他に?」
「は、はい、何かありませんかね?」
 僕がそう言うと、先輩は突然、目の色をさっと切り替えた。そして真っ直ぐに僕の目を見つめて「ふぅ~ん……」と小さく開けた唇から声を漏らした。僕に向けられた視線の先に何かを見つけたような声だ。
 こ、この目は、昨日の塚原先輩の時と一緒だ。
 こんな風にじろじろ見られると弱いんだよなぁ。心の中まで見抜かれているようで。
 うう、緊張してきた。
「そうねぇ……」
「やっぱりタフな男の人には憧れるかも」
「え? タ、タフな男?」
「うん。何があっても守ってくれそうな感じの人が好きかなぁ……」
 瞬時にボディービルダーのような、マッチョな男のイメージが僕の頭に浮かんだ。
「き、筋肉質ってことですか?」
「う~ん。そういう感じじゃないのよね」
 筋肉モリモリじゃなくてタフな男って何なんだ?
 雰囲気が強そうな感じか?
 む、難しいな……。
 色んな意味でこのままこの話を途切れさせてはいけないと思い、すぐに、
「ほ、他には何かないですかね?」
 とさらに質問を重ねた。
「そうねぇ、カリスマ性を感じるような人もいいかも」
「カ、カリスマ……」
「グッとまわりを引きつける魅力があって、リーダーシップがある人とかかな」
 お、おお。
 何というハードル。
 ど、どっちも難しそうだな。
「あ、でも……」
「で、でも? なんですか?」
 思わぬ言葉が先輩の口から続き、今にも僕の体は前のめりになりそうだった。
「自分で言っておいてなんだけど、どっちも違う気がしてきちゃった」
「ええ、そんなぁ。お願いしますよ」
 相変わらずの天然っぷりに僕は脱力した。
「だけど結構難しくない? タイプって」
「そんなことないと思いますけど」
「へ~、言うわね」
「じゃあ橘君はどういう人がタイプ?」
 う……。何てことを聞いて来るんだ先輩は。僕の気持ちを知ってるのに……。意地悪してるな……。
 汗が体のいたるところから噴き出してきた。
「私も教えて欲しいなぁ」
 うう。
「ねえねえ」
 さらに先輩は詰め寄ってきた。
 これはどうやら逃げ場はないらしい。
 どうせ一度はふられた身。言ってやる! 言ってやるぞ!
 塚原先輩も、森島先輩は「思い切りがある人」が好きって言ってたし!
「ほら、やっぱり言えないじゃない」
「先輩です」
「ああ、年上がタイプってこと?」
「違います。森島先輩がタイプです」
「え?」
 その瞬間、時が止まったようになった。
 繋がったその麗しい目には、あの夕暮れ時のような非凡さがあった。
「森島先輩が好みの……いえ、理想のタイプです」
 それまで小気味よいテンポで話していた先輩は、にわかに言葉を奪われたように押し黙った。
 さらに僕の視線から外されて、テラスの地面を見ているたおやかさを美しくそっと助けるように、先輩の頬は春の訪れを匂わす色に染まった。
 すると先輩は先ほどの自信たっぷりの声色から一変して、恥ずかしさを滲ませた声で答えた。
「ふ、ふぅ~ん、そうなんだ」
 やった! やったぞ! 言ってやった!
 宣言通り、今日こそ先輩を攻めることに成功したぞ!
「ちょ、ちょっと、その『してやったぜ』みたいな顔はなんなのよ」
 そう言いながらも先輩の顔はまだ紅潮したままだ。
「え? そんなことないですよ」
「ふぅ~ん、そういうこと言っちゃうんだ」
 あれ、この流れはなんだ?
「あ、そうそう。好みの男性はね、女の子に『してやったぜ顔』をしない人」
「ええっ!? い、いやそれは……」
「覚えておいてね~」