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美夜(みや)
美夜(みや)
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小説版アマガミ ~森島先輩はそこにいる~

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「珍しいこともあるもんだねぇ~。高校生になってからにぃにと朝一緒に家を出ることなんてめっきり少なくなったのにね」
 と、僕の大事な考え事を突き破って美也が訊(き)いてきた。
「そうだな」
 割と広めの道路と、わずかな緑で飾る街路樹、表面がきちんと整備された歩行者通路。その道を沿っていくつもの一軒家が並んでいる。自慢ではないがここ一帯は結構、小奇麗(こぎれい)でいい感じの家がずらっと並んでいる地域だ。そこに僕の家はある。両親の仕事のおかげで小さくない、というか比較的大きめの一軒家で、過不足ない暮らしができている。
 代り映えのない、見慣れたいつも通りの通学路を淡々と歩を進めていく。前方には同じく学校へと向かう制服の姿の人がちらほらと見える。
「ねぇ、にぃにと森島先輩って、仲いいの?」
 前だけ真っ直ぐ見たままの美也が僕に訊いた。何を聞き出す気だよ。
「なんだよ、急に」 
「この前にぃにが変質者みたいにみゃーを襲った時、うれしそーに森島先輩に『妹です』って紹介してたじゃん」
 数日前に、僕が朝食の仕返しを込めて、登校中の美也を驚かせようとちょっとした早朝ドッキリを仕掛けた時のことだ。
「人聞き悪い言い方するな……。っていうかあの時、何でお前、先輩が話し掛けてるのにすぐどっか行っちゃったんだよ。先輩、がっかりしてたぞ」
「……あっそ」
「なに怒ってんだよ」
「怒ってないっ」
 そこでこの会話は打ち切りになった。道中、この前美也に紹介してもらった友達の中多さんを混ぜて三人で登校した。中多さんは終始また恥ずかしそうにしていて、美也が一方的に話す形になったせいでまともに会話になっていなかった。あの子、いつもあんな調子なのかな?


 今日の一時間目も相変わらず眠いなー。冬場だと教室がこもっている感じがするせいか、より午前中の授業が眠く感じる。特に声が子守唄みたいな先生の授業の時はたまったもんじゃない。何とか眠気を吹き飛ばすように話に集中したり、たまにほっぺをつねってみたりするけれど、一度瞼(まぶた)が落ちてきてしまったら目に二つ水銀を吊り下げているようになる。
 そんな冴えない顔を冷たい水で覚ますために教室を出た。
 そういえば今朝の美也、また森島先輩のことで怒ってるみたいだったけど、何なんだ? 本人は怒ってないって言ってるけれど、明らかにそんな風に見えるし、そのまま放っておいたらまた先輩に失礼な態度を取るかもしれない。森島先輩に何かされたのか? まあ、先輩は意地悪なことをするような人ではないだろうけど。っていうか、美也も先輩と初めて会った時、いかにも初対面っていう感じだったからそれはないか。じゃあ、だったら先輩の何が気に入らなかったんだ? まさか、制服の上からでも分かる先輩のナイスバディに嫉妬したのか? 美也は高校生に上がっても相変わらずお子様体形だからなぁ。嫉妬して機嫌が悪くなるのもわかる。
 先輩の方はあんなに美也のことがお気に入りなのに。気に入った理由も「猫ちゃんみたい」だからっていう、本当に動物好きな先輩らしい。美也が猫っぽい……? うーむ、考えたこともなかったけど、先輩の目からは妹はそう見えているのか。確かに、小柄で、気分屋で、扱いにくいから、そういう意味で猫っぽいのかもしれない、っていうか今更だけど自分のことを「みゃー」だなんて呼んでるからまるっきり猫じゃないか! 
 先輩はそんな妹と仲良くなりたいらしい。あ、そういえばそれだけじゃなくて「妹にしたい」とか言ってなかったか? あの美也を、妹にして、「一緒にお風呂に入る」って?
 勘弁してくださいよ先輩。あのお子様体形の美也とグラマラス美女な先輩が一緒にお風呂に入るなんてことがあったらお兄ちゃん、たまったもんじゃないですよ、色んな意味で。妹で妄想始まっちゃいますよ。きっと毎日、和気あいあいとお風呂に入りに行くんだろうなぁ。
「あ、はるちゃん!」
「ん? どうしたのみゃー」
 お互いあだ名で呼び合ったりなんかして、ソファで優雅に雑誌を読んでいる森島先輩にこう話し掛けるだろうな。
「ねぇねぇ、今日は一緒にお風呂に入ろっ」
「え? 今日もなの? もう、昨日も一緒に入ったじゃない」
「だって約束してたバストアップ体操まだ教わってないもん」
 そうだとも! 美也はあの通り、小学六年生みたいな胸なんだ! 先輩からどうやったらあんなにたっぷりとした胸になるか教えてもらおうとするに違いない!
「ふふっ、しょうがないわね」
「それじゃあ……行こっか?」
 よし! それじゃあこのままお風呂に行ってお互いにおっぱいを揉み合うなどするがよい!
「うん……くらえーーーっ!」
「……は?」
 突然、僕の神聖な妄想を邪魔して何かが僕の視界から光を奪った。僕は当惑の言葉を咄嗟(とっさ)に口にした。 
「なんだ? み、見えないぞ? 何事だ」
「停電ですよー」
 この耳に刺さるような高い声は美也か。まったく。
「て、停電じゃないだろ美也! 離せ!」
 僕の目に覆いかぶさっていた美也のお子ちゃまみたいな小さい両手を無理やり引きはがした。
「にしししし。仕返し大成功~」
「仕返しってなんだよ」
「美也のこと目隠ししたじゃん」
「あれは美也が……。ってそんなことより、せっかく良いところだったのに……」
「ふぇ? どうかした?」
「美也の頑張りのおかげで、森島先輩のいる桃源郷に……」
「桃源郷? 何が?」
「あ、いや、なんでもない……」
 美也には露骨に嫌そうな顔されたが、僕にとっては大事な時間だったんだよ。学校一のマドンナと呼び声高いあの絶世の美女が衣服の一つひとつを脱いで行って、何かの拍子で僕の家の親しみ慣れたお風呂に入るとことは、一体どれだけ僕の体中の血液を沸かせるものか――。
「あ、橘君に美也ちゃん」
 む? この声は森島先輩? 「噂をすれば影がさす」とはこのことだ。色んな意味でなんてタイミングがいいんだろう!
「楽しそうね~。私もいいかな?」
「も、もちろんですよ! なあ美也」
 先輩を会話に加えない理由などもちろんないが、美也がこの前みたいに不機嫌になったら困ると思いちらと顔を見たがやはりこの前みたいにそっぽ向いて何故か気まずそうな顔だった。だから何でそんな顔になるんだよ。
「別に……」
 「別に……」じゃないだろ! あの森島先輩がわざわざ話し掛けて来てくれたんだぞ!
「すっごく楽しそうだったけど、何の話をしていたの?」
「あ、それはちょっと……」
「え~、そこは素直に教えてよ橘君。意地悪なんだから。ねえ美也ちゃん」
 森島先輩はここぞと言わんばかりに女子特有の連帯感を求めて美也に同意を求めた。
 しかし、美也は無音でもって先輩の言葉を返した。
 おいおい。あんまり先輩を困らせるなよ。と、思う間に、
「次、家庭科の実習だからもう行くね」
 と言って美也は向きを変えて反対側の廊下へ足早に歩いて行った。
「お、おい……」
 僕はいきなりのことで、あっけにとられてその後姿を目で追うことしかできなかった。まったくあいつは。
「あ~……行っちゃったか……。う~ん、本当に猫ちゃんみたいね、可愛いのにつれない感じ」