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美夜(みや)
美夜(みや)
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小説版アマガミ ~森島先輩はそこにいる~

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 先輩も美也の去って行った方向を見つめて残念そうな目元をしていたが、それでもすぐに嬉しそうな顔つきになった。
「うーん、子供っぽいだけだと思いますよ」
「あら? 校内の評価は違うみたいよ?」
「え?」
 すると先輩は、美也と初めて会った後に先輩のお友達から美也の知名度が高いということを聞いた、ということを教えてくれた。驚くべきことに、三年にも「橘美也」の名前が知られているらしい。うう、自分の苗字もセットだからなんだか複雑だ。
 え、っということはまさか……と思った瞬間に先輩からその答えを教えてもらった。
「もてるみたいよ。一部だけどね」
「ええ!?」
「うん、一部の男子らしいけど、すっごく人気があるって言ってたわよ」
 先輩の言っている通り、どうやら美也の普段からの「猫のような素っ気なさと可愛らしさ」が功を奏して男子にもてているらしい。美也の恋愛絡みの話はこれまで一切聞いたことがなかったからなんだか変な感じ。自分の妹も普通に男に好かれたり男を好きになったりして恋愛するんだなと妙に腑に落ちるものがあった。しかしそれと同時に、家で美也の一挙手一投足を無意識のうちに見たり学校でたまにちらと顔を見かけるときなどの映像によって僕の中に作られている「美也像」からは、恋愛の世界の、何か甘い匂いのようなものは全く除外されていた分、先輩の言葉に動揺しなかったと言えば嘘になる。
 すると先輩は僕を射抜くようにして見ながらこう言ってくれた。
「ふふふっ、そういう橘君も抜群に可愛いと思うわよ」
 か、可愛い!? これは、お世辞なのか? 本心なのか? 分からないけど、素直に嬉しい。そう思うか思わないかの時点ですでに僕の顔は素直に反応を示していてじんわりと熱くなっていた。
「そうやって素直に顔が赤くなるところも」
 先輩はずっと僕の表情や顔の色合いを確かめて遊ぶようにして眺めていた、と思う。というのは、さっきの台詞(せりふ)のせいでまともに先輩の顔を見られなくなって、他の部分よりも一段と強調されているように(僕には)見える先輩の胸辺りに視線を落としていたから、本当にそういう風な見方をしていたか分からないけれど、喋り方の調子を聞いていたら容易にそういう想像がついた。
 こうやってまた先輩に弄(もてあそ)ばれている。これまで男子を上から下まで誘惑してきた百戦錬磨で経験豊富な女子の言葉の選び方はさすがに危険だな……色んな意味で。そりゃみんな好きになるわけだ。でも、先輩は嘘を言っているという感じではなくて、たぶん、本当に率直に思ったことを言ったんだろうなというのを先輩の言葉の色や抑揚から感じられる。それだけに、余計に照れる。
 僕のそんなただならぬ心情とは打って変わって、先輩はあっさりと「邪魔しちゃってごめんね」と言って、颯爽(さっそう)と去って行った。
 可愛いか……。これは好感触? 
 そうだよな? 誰かそうだと言ってくれ。




 いててて……。サッカーで張り切って転んでしまうとは、ついてないなぁ……。
手に思いきりついた運動場の土を洗い流すため、三時間目の授業終了のチャイムが鳴ってすぐさま水道へと向かった。ちょっと手のひらも擦りむいてヒリヒリするし。今日は微妙についてないな。
 うわっ! 冷たい!
 さすがにこの時期の水道の水は冷たくて心臓が飛び上がりそうだ。それでも何とか堪えながら手をこすり合わせる。洗い終えた後、ポケットに手を突っ込んだが、その瞬間にハンカチを持っていないことに気づいた。
 あ、ハンカチは制服の中だ……。なんだかなぁ……。
 すると、突然右側から、
「お困りのようね、橘君」
 と、僕の行動の一部始終を常に見ているのかというほどのタイミングの良さで森島先輩が現れた。
「え? あ、森島先輩」
 完全に気を抜いていたところにあの森島先輩が現れて今度は別の意味で心臓が飛び上がりそうになった。しかも今日の先輩はいつもより刺激的だ。上半身は今僕が着ているような冬用ジャージだが、下半身は、太腿が完全露出しているブルマだ。誰がこれを発明したのかは知らないけれど、たぶんかなり筋金入りの脚フェチなんだろうなと思う。そう思ってしまうのは、僕も熱心な脚フェチ信仰をしている一人だからだろうか。先輩が上に着ている青色のジャージは、空の濃い青を融かし込んだような色に見えて、毎日のように見ているはずなのに何故か瑞々(みずみず)しい新鮮さがあった。ブルマは、背景にある運動場の砂の色と、そこから伸びる太腿の匂いやかな白さとにより、その黒に近い紺色で覆われた部分の神秘と奥深さをより際立たせていた。
「はーい、これ使って」
 と先輩がタオルを差し出してくれた。あ、これ、タネウマクンタオルだ。
「え? で、でも……」
「いいからいいから」
「あ、ありがとうございます」
 先輩からもらったタオルを使うのはなんとも畏(おそ)れ多かったが、せっかくの好意を無下(むげ)にすることはできなかったので受け取って手を拭いた。
「助かりました先輩。このタオルは洗ってから返しますね」
「いいわよ」
「え? でも洗わないと……」
「そうじゃなくて、そのタオルはあげる。ダッ君好きの仲間の証としてね」
 あ、なるほど。先輩は前に僕が美也のハンカチを借りて登校したときに運悪くそれを廊下で落としてしまい、先輩が拾って渡してくれた時のことをまだ覚えてくれていたんだ。ダッ君ハンカチは僕のじゃなくて美也の趣味なんだけど、同じダッ君好きだと知って嬉しそうな先輩に僕のだって言い出せなかったんだよな。
「い、いいんですか?」
「うん。もっちろん。実はね、もともと橘君にあげるつもりで持ってきたの」
 その話し方は小さな企みを嬉々として打ち明けるように、口元に笑みが浮かべながらだった。
 え? そ、それってもしかして……。
「ほら! 男の子でダッ君好きな人に会ったことがなかったから嬉しくてね」
 そりゃそうだ……。
 自分でも自意識過剰過ぎたなと思い心の中で苦笑した。
「私の持ってない柄のハンカチを持ってるところも中々やるなぁって感じだしね」
 あー。この流れはまずい。先輩の中で完全に僕がダッ君好きとして定着してしまっている。そして趣味友達としてのニュアンスで「同類」として嬉しく思ってくれてるみたいだ。このまま先輩に嘘を信じ込ませたままだと、今後、事あるごとに嘘の上塗りをして先輩の話に合わせていかなくちゃいけなくなる。それじゃまずい。これからどんどん先輩と仲良くなりたいのに、今の内からヒビを入れてしまっては……。
 うん、正直に本当のことを言おう。
 意を決して顔を上げた。先輩はいきなり黙りこくって考え込んだ僕を不思議そうな目で見ている。
「先輩。すみません。実はあのハンカチは僕のではないんです……。あれは妹のなんです、あの日はたまたまハンカチを借りていたので……」
「そうなんだ……」
 先輩の声はいつも通り透き通っていたが落胆の色のために少し曇っていた。ああ、ちょっとした誤解で始まったことだけど、先輩の口からこんな残念そうな声は聞きたくない。