終わりのない空4
終わりのない空4
「ロベルトさん、今日の夕食は僕が作りますね」
買い物袋を抱えながら、アムロとロベルトはフォンブラウンの街を歩いていた。
「お、良いね。何を作ってくれるんだ?」
「えっと、チキンのクリーム煮とサラダと…食後に苺のデザートを作ろうと思います」
「旨そうだな。楽しみだ」
和かに会話を交わしながら並んで歩く姿は軍人とは思えず、歳の離れた友人の様だった。
「あの人って顔に似合わず結構甘いもの好きですよね」
「あの人ってクワトロ大尉の事か?」
「…ええ」
少し照れ臭そうにアムロが答える。
「そうだな…そういえば、この間お前が作った苺のタルトだっけ?あれが美味かったって言っていたぞ」
「そうなんですか⁉︎」
「ああ」
袋を抱えながら、頭の中でレシピを確認しているだろうアムロを見つめ、ロベルトが微笑む。
『今日のデザートは苺のタルトに決まりだな』
あれから数年。アムロのリハビリを兼ねてロベルト、アポリー、クワトロは月のフォンブラウン市で一緒に生活をしていた。
当初、アムロは状況を上手く理解出来ず、暫くはロベルトたちを警戒していたが、二ヶ月ほどが経った頃、少しずつだが心を開いてくれる様になった。
一緒に生活をしてみると、本当に普通の少年なのだと思う。
どちらかと言うと内向的だが、意外と負けず嫌いで芯が強い。
最近は料理に興味を持ち、こうして一緒に買い出しに出る様にもなった。
アパートメントに帰ると、購入した食材をしまいながら食事の下ごしらえを始める。
タルト用の土台を作り、オーブンで焼いている間にカスタードクリームを作る。
弱火でゆっくりとクリームを混ぜていると、部屋中に甘い香りが立ち込める。
「良い匂いだな」
その甘い香りに誘われてアポリーがキッチンに現れた。
「味見しますか?」
鍋の中のクリームをスプーンで少し掬って差し出す。
それをパクリと食べれば、口いっぱいにカスタードクリームの甘い香りが広がる。
「美味いな」
「良かった」
「料理は昔から好きだったのか?」
「いいえ、料理どころか昔はレトルトしか食べていなかったです。父も僕も料理なんて出来なかったので」
「え、お袋さんは?」
「母とは別居で、五歳からずっと父と二人暮らしでした。とは言っても父も仕事が忙しくて殆んど家に居なかったのでほぼ一人でしたね」
何でもないように話すアムロに、アポリーが少し悲しい表情をする。
「あ、でもそんなに寂しいとかは無かったですよ。お隣に住んでいた友達が色々世話を焼いてくれて、食事やケーキなんかもよく届けてくれましたし」
「友達って女の子か?」
「はい、サイド7に移り住んでからですけど。そういえばその頃はよく手作りのご飯を食べていたな」
言葉遣いなどから、アムロがそれなりの生活レベルの家庭に生まれ育った事は分かるが、あまり家族というものには恵まれなかったのだろうとアポリーは思う。
「それじゃ、料理は最近になって覚えたのか?」
「ええ、オーガスタの屋敷では本を読む事くらいしか出来なかったので、そこに何故か料理本があって、それをよく読んでました。料理って理科の実験みたいで面白いです」
「理科の実験って…」
「分量の配分とか、下ごしらえで食材を酒や酢なんかにつける事で化学分解を促して柔らかくしたり変色を抑えたりするじゃないですか」
「そりゃまぁ、そうだが」
「それに、食べてくれる人がいて、“美味しい”って言って貰えるのが嬉しくて…」
ふと、クリームを掻き混ぜるアムロの手が止まる。
「アムロ?」
「…僕も、フラウにもっと美味しいって言ってあげれば良かった」
当時は周りの人と接するのが苦手で、いつも素っ気無い態度をとっていた。そんな自分をフラウは見捨てずに世話を焼いてくれた。それなのに自分はそれすらも少し鬱陶しく思っていて…。
戦時中もずっと心配してくれていたのに、今になってようやくフラウの想いが理解出来る。
「その友達はフラウって言うのか?」
「はい、フラウ・ボウ。同級生の女の子で、ホワイトベースにも一緒に乗っていました。戦争中、みんなが僕に期待ばっかりをしてくる中で、フラウだけは僕を心配してくれました。それなのに、僕は自分の事に精一杯で彼女を気遣ってあげられなくて…」
少し落ち込むアムロの頭をアポリーがクシャリと撫ぜる。
「気にするな。俺だってハイスクールの頃なんてそんなもんだったよ。気になるなら今度会った時にありがとうって言えば良いさ」
そんなアポリーの優しさに、アムロが小さく微笑む。
「そうですね、そうします」
その日の夕食の後、デザートのタルトをキッチンで切り分けていると、突然後ろから声が掛かった。
「美味しそうだな」
耳元で腰に響く良い声で囁かれてドキリと心臓が跳ねる。
「え⁉︎あ、シャ…クワトロ大尉?」
「苺のタルトか?」
「えっと…はい、貴方が美味しかったって言っていたと聞いたので…」
そこまで言って、アムロの顔が真っ赤に染まる。
『わー!僕、何言ってるんだ⁉︎これじゃシャアの為に作ったみたいじゃないか』
「そうか、嬉しいな。では、私が紅茶を淹れよう」
それにサラリと答えて紅茶を用意する姿に、アムロはまだドクドクと跳ねる心臓を押さえながらも思う。
『カッコいい人ってそう言うこともサラッと言えてスマートに行動が出来るんだな…』
一緒に生活をし始めた頃は、まさか赤い彗星とこんな会話をするようになるとは思わなかった。
当初はまともにベッドから起き上がる事も出来ず、何から何まで三人に面倒をみて貰っていた。
初めこそ警戒してシャアから与えられる食事や薬には手を付けなかったが、遂には怒らせてしまったらしく、強引に薬を飲まされた。それも口移しで。
顎を掴まれたと思ったら、スクリーングラスを外した綺麗な顔が近付いて来て唇を塞がれた。そして水と一緒に薬が流し込まれた。
思いもしなかった状況に動転して、なすがままに薬を飲み込んでしまった。
そして散々説教をされ、食事も口移しで食べさせられたいのかと脅されて渋々食べた。
その後も散々構い倒され、気が付けばあの綺麗な目で見つめられると何も言い返せず、素直に言う事を聞くようになっていた。
『大体、なんで僕に話しかける時はいつもスクリーングラスを外すんだ?あんな綺麗な顔で迫られたら逆らえないじゃないか!』
ブツブツ呟きながらタルトを切り分けていると、クスクスと笑う気配がする。
振り向けば、クワトロがこちらを見て笑っていた。
「な、何ですか⁉︎」
「いや、君は考えている事が顔に出るなと思ってね」
「え⁉︎」
「さぁ、紅茶が入ったぞ」
そう言ってクワトロはリビングへと行ってしまった。
そんな後ろ姿を見つめ、アムロは顔に熱が集まるのを感じる。
「なっ何だよ、馬鹿にして!」
不機嫌な顔でタルトを持って行けば、どうしたんだと驚くロベルトと、何となく状況を察したアポリーがクワトロに視線を向けて苦笑いをする。
当のクワトロはと言えば、何事も無かったかのように涼しい顔をして紅茶を飲んでいた。
『本当にムカつくな』
不機嫌なままタルトを頬張ると、さっさと片付けて自室へと引っ込んだ。
「あー!もうっ腹が立つ。ララァはあの人のどこが良かったのさ!」
「ロベルトさん、今日の夕食は僕が作りますね」
買い物袋を抱えながら、アムロとロベルトはフォンブラウンの街を歩いていた。
「お、良いね。何を作ってくれるんだ?」
「えっと、チキンのクリーム煮とサラダと…食後に苺のデザートを作ろうと思います」
「旨そうだな。楽しみだ」
和かに会話を交わしながら並んで歩く姿は軍人とは思えず、歳の離れた友人の様だった。
「あの人って顔に似合わず結構甘いもの好きですよね」
「あの人ってクワトロ大尉の事か?」
「…ええ」
少し照れ臭そうにアムロが答える。
「そうだな…そういえば、この間お前が作った苺のタルトだっけ?あれが美味かったって言っていたぞ」
「そうなんですか⁉︎」
「ああ」
袋を抱えながら、頭の中でレシピを確認しているだろうアムロを見つめ、ロベルトが微笑む。
『今日のデザートは苺のタルトに決まりだな』
あれから数年。アムロのリハビリを兼ねてロベルト、アポリー、クワトロは月のフォンブラウン市で一緒に生活をしていた。
当初、アムロは状況を上手く理解出来ず、暫くはロベルトたちを警戒していたが、二ヶ月ほどが経った頃、少しずつだが心を開いてくれる様になった。
一緒に生活をしてみると、本当に普通の少年なのだと思う。
どちらかと言うと内向的だが、意外と負けず嫌いで芯が強い。
最近は料理に興味を持ち、こうして一緒に買い出しに出る様にもなった。
アパートメントに帰ると、購入した食材をしまいながら食事の下ごしらえを始める。
タルト用の土台を作り、オーブンで焼いている間にカスタードクリームを作る。
弱火でゆっくりとクリームを混ぜていると、部屋中に甘い香りが立ち込める。
「良い匂いだな」
その甘い香りに誘われてアポリーがキッチンに現れた。
「味見しますか?」
鍋の中のクリームをスプーンで少し掬って差し出す。
それをパクリと食べれば、口いっぱいにカスタードクリームの甘い香りが広がる。
「美味いな」
「良かった」
「料理は昔から好きだったのか?」
「いいえ、料理どころか昔はレトルトしか食べていなかったです。父も僕も料理なんて出来なかったので」
「え、お袋さんは?」
「母とは別居で、五歳からずっと父と二人暮らしでした。とは言っても父も仕事が忙しくて殆んど家に居なかったのでほぼ一人でしたね」
何でもないように話すアムロに、アポリーが少し悲しい表情をする。
「あ、でもそんなに寂しいとかは無かったですよ。お隣に住んでいた友達が色々世話を焼いてくれて、食事やケーキなんかもよく届けてくれましたし」
「友達って女の子か?」
「はい、サイド7に移り住んでからですけど。そういえばその頃はよく手作りのご飯を食べていたな」
言葉遣いなどから、アムロがそれなりの生活レベルの家庭に生まれ育った事は分かるが、あまり家族というものには恵まれなかったのだろうとアポリーは思う。
「それじゃ、料理は最近になって覚えたのか?」
「ええ、オーガスタの屋敷では本を読む事くらいしか出来なかったので、そこに何故か料理本があって、それをよく読んでました。料理って理科の実験みたいで面白いです」
「理科の実験って…」
「分量の配分とか、下ごしらえで食材を酒や酢なんかにつける事で化学分解を促して柔らかくしたり変色を抑えたりするじゃないですか」
「そりゃまぁ、そうだが」
「それに、食べてくれる人がいて、“美味しい”って言って貰えるのが嬉しくて…」
ふと、クリームを掻き混ぜるアムロの手が止まる。
「アムロ?」
「…僕も、フラウにもっと美味しいって言ってあげれば良かった」
当時は周りの人と接するのが苦手で、いつも素っ気無い態度をとっていた。そんな自分をフラウは見捨てずに世話を焼いてくれた。それなのに自分はそれすらも少し鬱陶しく思っていて…。
戦時中もずっと心配してくれていたのに、今になってようやくフラウの想いが理解出来る。
「その友達はフラウって言うのか?」
「はい、フラウ・ボウ。同級生の女の子で、ホワイトベースにも一緒に乗っていました。戦争中、みんなが僕に期待ばっかりをしてくる中で、フラウだけは僕を心配してくれました。それなのに、僕は自分の事に精一杯で彼女を気遣ってあげられなくて…」
少し落ち込むアムロの頭をアポリーがクシャリと撫ぜる。
「気にするな。俺だってハイスクールの頃なんてそんなもんだったよ。気になるなら今度会った時にありがとうって言えば良いさ」
そんなアポリーの優しさに、アムロが小さく微笑む。
「そうですね、そうします」
その日の夕食の後、デザートのタルトをキッチンで切り分けていると、突然後ろから声が掛かった。
「美味しそうだな」
耳元で腰に響く良い声で囁かれてドキリと心臓が跳ねる。
「え⁉︎あ、シャ…クワトロ大尉?」
「苺のタルトか?」
「えっと…はい、貴方が美味しかったって言っていたと聞いたので…」
そこまで言って、アムロの顔が真っ赤に染まる。
『わー!僕、何言ってるんだ⁉︎これじゃシャアの為に作ったみたいじゃないか』
「そうか、嬉しいな。では、私が紅茶を淹れよう」
それにサラリと答えて紅茶を用意する姿に、アムロはまだドクドクと跳ねる心臓を押さえながらも思う。
『カッコいい人ってそう言うこともサラッと言えてスマートに行動が出来るんだな…』
一緒に生活をし始めた頃は、まさか赤い彗星とこんな会話をするようになるとは思わなかった。
当初はまともにベッドから起き上がる事も出来ず、何から何まで三人に面倒をみて貰っていた。
初めこそ警戒してシャアから与えられる食事や薬には手を付けなかったが、遂には怒らせてしまったらしく、強引に薬を飲まされた。それも口移しで。
顎を掴まれたと思ったら、スクリーングラスを外した綺麗な顔が近付いて来て唇を塞がれた。そして水と一緒に薬が流し込まれた。
思いもしなかった状況に動転して、なすがままに薬を飲み込んでしまった。
そして散々説教をされ、食事も口移しで食べさせられたいのかと脅されて渋々食べた。
その後も散々構い倒され、気が付けばあの綺麗な目で見つめられると何も言い返せず、素直に言う事を聞くようになっていた。
『大体、なんで僕に話しかける時はいつもスクリーングラスを外すんだ?あんな綺麗な顔で迫られたら逆らえないじゃないか!』
ブツブツ呟きながらタルトを切り分けていると、クスクスと笑う気配がする。
振り向けば、クワトロがこちらを見て笑っていた。
「な、何ですか⁉︎」
「いや、君は考えている事が顔に出るなと思ってね」
「え⁉︎」
「さぁ、紅茶が入ったぞ」
そう言ってクワトロはリビングへと行ってしまった。
そんな後ろ姿を見つめ、アムロは顔に熱が集まるのを感じる。
「なっ何だよ、馬鹿にして!」
不機嫌な顔でタルトを持って行けば、どうしたんだと驚くロベルトと、何となく状況を察したアポリーがクワトロに視線を向けて苦笑いをする。
当のクワトロはと言えば、何事も無かったかのように涼しい顔をして紅茶を飲んでいた。
『本当にムカつくな』
不機嫌なままタルトを頬張ると、さっさと片付けて自室へと引っ込んだ。
「あー!もうっ腹が立つ。ララァはあの人のどこが良かったのさ!」