終わりのない空4
ぷんぷんと怒りながらベッドに突っ伏する。
「そりゃ…流石はセイラさんのお兄さんだけあって、顔はめちゃくちゃ綺麗だけどさ」
クワトロの顔を思い出し、ふぅっと溜め息を吐く。
「そう言えばあの人、昔は変な仮面をしていたな。今でも普段は真っ黒なスクリーングラスをしているし」
目に異常があるとは言っていたけれど、多分あれは女の人避けなのだと思う。
「誰だって、あんな顔で微笑まれたら好きになっちゃうもんな」
「あんな顔とはなんだ?」
突然声を掛けられ、ビクリと肩を震わせて飛び起きる。
そこには、クワトロが少し首を傾げて立っていた。
「なっ!いつの間に⁉︎」
「ノックはしたのだがな」
ノックをする仕草をしながらアムロに近付き、ベッドへと腰を下ろす。
「な、何ですか?」
『ち、近い!距離が近い!』
内心焦りながらも精一杯平静を装う。
「いや、さっき話しておかねばならん事があったのだが、君が部屋に戻ってしまったのでな」
「話?」
「ああ。実は来週、連邦の要人に会う為に地球に降りなければならないのだが、アポリーとロベルトも別の任務でサイド3に行かねばならん」
「別に僕なら一人でも大丈夫ですよ」
「そうは言ってもな。君は一人にすると機械弄りに夢中になって寝食を忘れるだろう?」
数ヶ月前、同じように三人が家を開けた時、一人では料理をする気にもなれず、久しぶりに機械弄りをして過ごしていた。気付けばそれに夢中になりすぎて、数日間食事を忘れていた。
もちろん全く食べなかった訳ではないが、お菓子を少し齧った程度だ。
その為、クワトロ達が帰って来た時にはフラフラで、顔を見た瞬間意識が遠のいて倒れた。
あの後、栄養剤を点滴されながらこっ酷く叱られたのだ。
「おまけに、数日家を空けただけで、ああも部屋の中が汚れるとは思いもしなかった」
キッチンは元より、リビングには飲み終わった飲み物のパックやボトルが散乱し、脱いだ服もそこ彼処に落ちていた。
おまけに機械の部品まで転がっていて、危うく踏んで怪我をする所だった。
「あれは!もうちょっとしたら片付けようと思っていたんです!」
「“もうちょっと”とはいつのつもりだったのだ?倒れてそれどころではなかっただろう」
「ううう…だから…その…」
「だから、今回は君も連れて行く」
「え⁉︎僕も?」
「ああ、またここを汚部屋にする訳にはいかんからな」
「あれは偶々だよ!」
「そんな言葉が信用できると思うか?」
「うう」
「君に拒否権は無い。週明けに出るから支度をしておくように」
「…」
「返事は?」
「……はい」
「宜しい」
そんなアムロの頭をクシャリと撫でると、徐ろにスクリーングラスを外して顔を覗き込む。
「良い子だ」
ニッコリと微笑むクワトロに、アムロの心臓がドクリと跳ねる。
そして見る見る顔が熱くなるのが分かる。
「なっ…」
そんなアムロの反応に気を良くしたクワトロが追い討ちをかける。
「君は好きになってはくれないのか?」
「え?あっ!さっきの聞こえていたんですか⁉︎」
「ふふ」
肯定する様に笑うと、そっとアムロの前髪をかき上げて額にキスをする。
「えっ…」
「ちゃんとシャワーを浴びて寝るんだぞ」
そう言って笑うと、立ち上がって背中を向けた。
「こ、こ、子供扱いしないで下さい!」
思わず叫んで枕を投げつけるが、クワトロには擦りもせずにドアに当たってボトリと落ちる。
「もう!馬鹿にして!」
真っ赤になった頬を両手で覆って、クワトロのいなくなったドアを睨みつける。
そのドアの外では、笑いを堪え切れずクスクスと笑うクワトロの姿があった。
「大尉、あんまり坊主を揶揄わんでやって下さい」
呆れ顔のアポリーに、クワトロが笑って答える。
「すまん、反応がどうにも可愛くてな」
まだクスクスと笑い続ける上官に呆れながらも、その人間らしい表情にホッとする。
長い時間を共に過ごしたが、こんな風に笑う姿を見られる様になったのはアムロと暮らす様になってからだ。
常に冷静で凛とした姿のこの人を、上官としてこの上もなく尊敬しているが、こんな人間味のあるこの人も悪く無いと思う。
「まぁ、程々にして下さいね」
「ああ、分かっている」
地球へと向かう日、アムロは特徴的な赤茶色の髪を黒く染め、伊達眼鏡を掛けていた。
そしてクワトロが用意したスーツに袖を通すと、鏡の前で小さな溜め息を吐く。
「どうした?アムロ」
「いえ…何て言うか…僕、こういうの本当に似合わないなって」
もう直ぐ二十歳に手が届く歳になったが、元々の童顔に加え、成長期にオーガスタで過酷な実験を受けた影響か、アムロの身体はまだ少年の域を出ていない。
「そんな事はない。良く似合っている」
「本当ですか?」
「ああ、私が選んだのだが気に入らなかったか?」
「そ、そんな事ないです。ただ、着慣れないから…」
少し残念そうに呟くクワトロに、思わず焦る。
「君もそろそろ二十歳だ。徐々にでも慣れていかねばな。それに今日はドレスコードのある場所に行く。多少窮屈でも我慢してくれ」
紺色の細身のスーツに身を包んだアムロの肩を掴んで鏡越しにその姿を見つめる。
「そう言えば、君はあの連邦の青い制服が良く似合っていたな」
「そうですか?」
「ああ」
「貴方はあの地味なグレーの制服似合っていませんでしたけどね」
オーガスタに潜入していた際、クワトロは連邦軍のグレーの制服を身に付けていた。
ブライトが着ている時はなんとも思わなかったが、クワトロがあの地味な制服を着ていると、どうにも違和感があって仕方がなかった。
「そうか?」
「ええ、貴方には華やかな色のが似合います」
「それは褒められているのか?」
「どうでしょう?」
不敵な笑みを浮かべて答えるアムロに、クワトロが肩を竦める。
大人しそうでいて、こうして時々強気な面を見せるアムロに驚きながらも、決して嫌ではないと思う。
こんな強気な面を持っているからこそ、あの戦争でも生き抜く事が出来たのだろう。
「君には敵わないな。さぁ、行くぞ」
「はい」
二人は偽名パスポートを使い地球へと向かった。
◇ ◇ ◇
地球へ降り立つと、二人はとある高級ホテルへと向かった。
そして、その中でも最上階にあるスウィートへと入る。
その豪華な内装に、アムロは自分が正装をさせられた理由を悟る。
『確かに、ここに来るにはこの格好じゃなきゃだめだ』
少し緊張しながらクワトロの後ろに続き部屋に入って行く。
部屋には連邦の高官と思われる年配の男性と、見知った顔があった。
連邦の高官、ブレックス・フォーラ准将ととその隣に立つ浅黒い肌に黒髪の男。
グレーの仕立ての良いスーツを身に纏っい、こちらを見つめているのはオーガスタ基地で自分の上官であり、監視役だった男、ラグナス・ミラー少佐だった。
「ラグナス少佐…⁉︎」
ビクリと肩を震わせ、思わず小さく声を挙げる。
また研究所に連れ戻されるかもしれないという恐怖に駆られ、アムロは後退りをしてクワトロの影に隠れる。
そんなアムロの肩をクワトロが安心させる様に優しく抱く。
「大丈夫だ、アムロ。心配ない」
「クワトロ大尉…?」
不安げにクワトロを見上げていると、年配の男性が優しく声を掛けてきた。
「ああ、君が…」
「…あの…」