灼青と珀斗
「景琰ーーーーー!!」
林殊が靖王府にやって来た。
━━また来た、、、。━━
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
つい先月の話、靖王は新しい馬を求めた。初めて自分で馬を選んだのだった。
少し気が強いが、素直な馬だった。
━━小殊みたいだ、この馬。━━
そう感じて、一目で気に入り、求めたのだった。ちょっと値が、お買い得な馬でもあったり、、、。
靖王府には、潤沢に金が、回ってくるわけではなかったので、王府の遣り繰りには有難かった。嬪位の母親に、余分な財産があるわけでもなかったし、ましてや父王にねだる事も出来なかった。
兄の祁王ならば、出してくれただろうが、十七歳になり、王府を与えられ、一人前と扱われる。祁王は『何でも相談に来ればいい』と言ってくれたが、早々に頼るのも気が引けた。
馬は始め、よく言うことを聞き、思い通りに操ったが、時折、どうにも扱えず持て余す事もあったり、、。持て余すのは、時間が経つにつれ、酷くなっていった。拗ねたり、いじけてみたり、、、。
━━本当に小殊みたいだ。━━
馬の額には真っ白な星があった。
靖王は『珀斗』と名付けて、弄れて、時折扱いに難儀していたものの、それでも、この馬を可愛がっていた。
だがある日、林殊がやって来て、この馬に乗った。
そして、あちこち乗り回した挙句。
「これ、ちょっと貸しといて。」
そう言って、馬を連れ去ってしまった。
靖王は、せっかくの宝物を、奪われた気分だったが、、、、。
━━またか、、。━━
そう思って、もう珀斗は戻って来ないだろうと、諦めた。
何せ小さな頃から、靖王の大切なものは、林殊に奪われる。
気持ちにそんな『奪われ癖』のようなものが、靖王には染み付いているのか、『駄目だ』とも言えず、林殊には、数多の物を、持ち去られていた。
靖王は、僻み歪んだ心から、馬を諦めるのでは無いのだ。
小さな頃から一緒にいて過ごしてきた林殊は、靖王にとって、弟のような存在で、『ちょっと貸してくれ(戻ってこない前提)』とか、『貰ってく』と目を真ん丸にされて嬉しそうに言われると、靖王自身も嬉しくなり、どんなに、自分がが大事にしていた物でも、そのまま林殊に、使わせてやりたくなるのだ。
林殊に珀斗を奪われた後、靖王は、兄、祁王から駿馬を贈られた。
祁王は、靖王が馬を奪われた話を、小耳に挟んだのだ。誰かが面白おかしく、尾ひれを付けて、この話をした訳ではなかったのだが、祁王には、二人のやり取りが目に浮かび、暫く笑いが止まらなかったと言う。
靖王を気の毒にも思い、祁王が、自ら馬を選んで、靖王に贈った。
祁王が贈った馬は、どこから誰が見ても、優れた馬だった。
毛並は艶やかで、滑らかな毛並みは藍を含んでいるようにも見えた。その姿に馬は、祁王から、『灼青』と名付けられていた。
靖王の心の先を読み取って動くような馬だった。
初めて灼青に乗った時、靖王は、初めから心のどこかが、灼青と通じ合っているような気がした。
━━流石は祁王兄上が選んだ馬だ。素晴らしい馬を下さった。━━
灼青を大切にしていこう、そう思っていたのである。
林殊は馬一頭、靖王府から連れて行っているのだ。流石にこの馬をくれとは言わぬだろう、そう靖王は、タカをくくっていた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
そして、、始まりに戻る。
「景琰ーーーーーー!。」
林殊は来た。
━━また、、、、、。━━
祁王に贈られた灼青が目的なのは、一目瞭然だった。
━━きっと今回も、祁王に、馬を贈られた話を、聞きつけて来たのだ。━━
溜め息が出る。
いくら何でも、林殊一人で、馬、二頭も要るまい。
━━珀斗と灼青を、交換しに来たのか?。━━
奔放な林殊なら、やりかねない。
━━私の物は自分の物だと思ってる。ましてや、祁王から、贈られた馬ともなれば、尚更だ。━━
靖王は、列記とした、皇帝の皇子であるにもかからず、臣下の子である林殊に、良いように扱われがちだった。
林殊の母親が、皇帝の妹の晋陽公主、という立場が影響しているのかもしれない。
靖王の母、静嬪は、医女として、民間から嫁した、家柄のある令嬢という訳ではない。そのせいか、どうしても後宮の妃嬪や、皇族からは下に見られがちだった。
生まれが皇族の、林殊の母などもその通りで、皇子である靖王を『殿下』とも呼ばず、『景琰』と名前で呼ぶのだ。だが、決して靖王を蔑んでいる訳ではなく、我が子林殊の友として、大事にしてくれる。ただ、靖王を『殿下』と呼ばないだけだった。
林殊が靖王を『景琰』と呼ぶのも、母親の晋陽公主の影響だった。
靖王や静嬪自身、その事に、何の拘りも無かった。
寧ろ、他の皇子のように、謙って侍る含みのある、鬱陶しい『ご友人』の取り巻きが、居ない事の方が救いだった。
皇族の縛りの範疇で、自由に林殊と、山野を駆け回った。誰一人、その事を諌めたり、する者もいなかったのだ。
林殊はどういう訳か、皇帝を含む皇族に溺愛され、甘やかされて育っていた。母親が公主であるだけに、叱る者もいないのだ。
、、、、、、やりたい放題だった。
だが、ただ一人、父親の林燮だけは、目に余れば厳しく叱りつけ、罰も与えた。
さて、話は戻る。
「景琰!、馬が、、、」
「これは小殊にはやれない!。」
靖王が林殊の言葉を遮る。あーだのこーだの、林殊に、最後まで話をさせてしまえば、それらしい事を並べて、林殊は思い通りに事を運ぶ。
━━その手には乗るもんか。━━
折角、兄祁王が、忙しい中時間を割いて、自分の為に選んでくれた馬だ。林殊に奪われては、尊敬する兄に、申し訳がたたない。あっさり林殊に取られてしまっては、祁王に『不甲斐ない奴』と思われてしまうだろう。
━━それは嫌だ。━━
「灼青を、取ろうって訳じゃないよ。どんな馬か、見てみたいだけだって〜。」
靖王の眉間が、険しいシワでいっぱいになる。
そう、珀斗に初めて乗った時も、同じ事を言ったのだ。
「険しい顔するなよ。ほんとに乗るだけだよ。祁王が選んだ馬なんて、興味を持たずにいれるか。な?、私の性格、知ってるだろ。乗るまで言い続けるぞ、一回、乗せてくれれば満足する、、、多分。」
「本当に灼青は譲れない。灼青までお前にやったら、私は、どれだけ『否』と言えない人間なんだ。祁王にだって申し訳が、、、。」
「そんな難しい話じゃないよ〜〜。私が灼青に乗るだけじゃん。」
「、、、う〜ん、、。」
「ほれ、珀斗、景琰に乗ってもらえ。」
「、、ん、、、えっ、、、あ、、小殊?!、、、。」
靖王がもたもたと返事をしない内に、林殊は珀斗の手綱を、さっさと靖王に握らせ、厩の方へと駆け出していた。
「小殊!!、灼青がどれかわかるのか?、見た事無いだろう?!。」
「大丈夫──。祁王が選んだ馬だろ──。案内されなくても分かるよ──。」
後ろを振り向きながら、林殊は返事をする。
林殊のきらきらと輝く様な声、新しい馬が嬉しいのは、林殊の声だけでもよく分かる。
━━もう、、決定だな。、、祁王に何て言おう。━━
「お帰り、珀斗。楽しかったか?、小殊の所は。」
林殊が靖王府にやって来た。
━━また来た、、、。━━
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
つい先月の話、靖王は新しい馬を求めた。初めて自分で馬を選んだのだった。
少し気が強いが、素直な馬だった。
━━小殊みたいだ、この馬。━━
そう感じて、一目で気に入り、求めたのだった。ちょっと値が、お買い得な馬でもあったり、、、。
靖王府には、潤沢に金が、回ってくるわけではなかったので、王府の遣り繰りには有難かった。嬪位の母親に、余分な財産があるわけでもなかったし、ましてや父王にねだる事も出来なかった。
兄の祁王ならば、出してくれただろうが、十七歳になり、王府を与えられ、一人前と扱われる。祁王は『何でも相談に来ればいい』と言ってくれたが、早々に頼るのも気が引けた。
馬は始め、よく言うことを聞き、思い通りに操ったが、時折、どうにも扱えず持て余す事もあったり、、。持て余すのは、時間が経つにつれ、酷くなっていった。拗ねたり、いじけてみたり、、、。
━━本当に小殊みたいだ。━━
馬の額には真っ白な星があった。
靖王は『珀斗』と名付けて、弄れて、時折扱いに難儀していたものの、それでも、この馬を可愛がっていた。
だがある日、林殊がやって来て、この馬に乗った。
そして、あちこち乗り回した挙句。
「これ、ちょっと貸しといて。」
そう言って、馬を連れ去ってしまった。
靖王は、せっかくの宝物を、奪われた気分だったが、、、、。
━━またか、、。━━
そう思って、もう珀斗は戻って来ないだろうと、諦めた。
何せ小さな頃から、靖王の大切なものは、林殊に奪われる。
気持ちにそんな『奪われ癖』のようなものが、靖王には染み付いているのか、『駄目だ』とも言えず、林殊には、数多の物を、持ち去られていた。
靖王は、僻み歪んだ心から、馬を諦めるのでは無いのだ。
小さな頃から一緒にいて過ごしてきた林殊は、靖王にとって、弟のような存在で、『ちょっと貸してくれ(戻ってこない前提)』とか、『貰ってく』と目を真ん丸にされて嬉しそうに言われると、靖王自身も嬉しくなり、どんなに、自分がが大事にしていた物でも、そのまま林殊に、使わせてやりたくなるのだ。
林殊に珀斗を奪われた後、靖王は、兄、祁王から駿馬を贈られた。
祁王は、靖王が馬を奪われた話を、小耳に挟んだのだ。誰かが面白おかしく、尾ひれを付けて、この話をした訳ではなかったのだが、祁王には、二人のやり取りが目に浮かび、暫く笑いが止まらなかったと言う。
靖王を気の毒にも思い、祁王が、自ら馬を選んで、靖王に贈った。
祁王が贈った馬は、どこから誰が見ても、優れた馬だった。
毛並は艶やかで、滑らかな毛並みは藍を含んでいるようにも見えた。その姿に馬は、祁王から、『灼青』と名付けられていた。
靖王の心の先を読み取って動くような馬だった。
初めて灼青に乗った時、靖王は、初めから心のどこかが、灼青と通じ合っているような気がした。
━━流石は祁王兄上が選んだ馬だ。素晴らしい馬を下さった。━━
灼青を大切にしていこう、そう思っていたのである。
林殊は馬一頭、靖王府から連れて行っているのだ。流石にこの馬をくれとは言わぬだろう、そう靖王は、タカをくくっていた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
そして、、始まりに戻る。
「景琰ーーーーーー!。」
林殊は来た。
━━また、、、、、。━━
祁王に贈られた灼青が目的なのは、一目瞭然だった。
━━きっと今回も、祁王に、馬を贈られた話を、聞きつけて来たのだ。━━
溜め息が出る。
いくら何でも、林殊一人で、馬、二頭も要るまい。
━━珀斗と灼青を、交換しに来たのか?。━━
奔放な林殊なら、やりかねない。
━━私の物は自分の物だと思ってる。ましてや、祁王から、贈られた馬ともなれば、尚更だ。━━
靖王は、列記とした、皇帝の皇子であるにもかからず、臣下の子である林殊に、良いように扱われがちだった。
林殊の母親が、皇帝の妹の晋陽公主、という立場が影響しているのかもしれない。
靖王の母、静嬪は、医女として、民間から嫁した、家柄のある令嬢という訳ではない。そのせいか、どうしても後宮の妃嬪や、皇族からは下に見られがちだった。
生まれが皇族の、林殊の母などもその通りで、皇子である靖王を『殿下』とも呼ばず、『景琰』と名前で呼ぶのだ。だが、決して靖王を蔑んでいる訳ではなく、我が子林殊の友として、大事にしてくれる。ただ、靖王を『殿下』と呼ばないだけだった。
林殊が靖王を『景琰』と呼ぶのも、母親の晋陽公主の影響だった。
靖王や静嬪自身、その事に、何の拘りも無かった。
寧ろ、他の皇子のように、謙って侍る含みのある、鬱陶しい『ご友人』の取り巻きが、居ない事の方が救いだった。
皇族の縛りの範疇で、自由に林殊と、山野を駆け回った。誰一人、その事を諌めたり、する者もいなかったのだ。
林殊はどういう訳か、皇帝を含む皇族に溺愛され、甘やかされて育っていた。母親が公主であるだけに、叱る者もいないのだ。
、、、、、、やりたい放題だった。
だが、ただ一人、父親の林燮だけは、目に余れば厳しく叱りつけ、罰も与えた。
さて、話は戻る。
「景琰!、馬が、、、」
「これは小殊にはやれない!。」
靖王が林殊の言葉を遮る。あーだのこーだの、林殊に、最後まで話をさせてしまえば、それらしい事を並べて、林殊は思い通りに事を運ぶ。
━━その手には乗るもんか。━━
折角、兄祁王が、忙しい中時間を割いて、自分の為に選んでくれた馬だ。林殊に奪われては、尊敬する兄に、申し訳がたたない。あっさり林殊に取られてしまっては、祁王に『不甲斐ない奴』と思われてしまうだろう。
━━それは嫌だ。━━
「灼青を、取ろうって訳じゃないよ。どんな馬か、見てみたいだけだって〜。」
靖王の眉間が、険しいシワでいっぱいになる。
そう、珀斗に初めて乗った時も、同じ事を言ったのだ。
「険しい顔するなよ。ほんとに乗るだけだよ。祁王が選んだ馬なんて、興味を持たずにいれるか。な?、私の性格、知ってるだろ。乗るまで言い続けるぞ、一回、乗せてくれれば満足する、、、多分。」
「本当に灼青は譲れない。灼青までお前にやったら、私は、どれだけ『否』と言えない人間なんだ。祁王にだって申し訳が、、、。」
「そんな難しい話じゃないよ〜〜。私が灼青に乗るだけじゃん。」
「、、、う〜ん、、。」
「ほれ、珀斗、景琰に乗ってもらえ。」
「、、ん、、、えっ、、、あ、、小殊?!、、、。」
靖王がもたもたと返事をしない内に、林殊は珀斗の手綱を、さっさと靖王に握らせ、厩の方へと駆け出していた。
「小殊!!、灼青がどれかわかるのか?、見た事無いだろう?!。」
「大丈夫──。祁王が選んだ馬だろ──。案内されなくても分かるよ──。」
後ろを振り向きながら、林殊は返事をする。
林殊のきらきらと輝く様な声、新しい馬が嬉しいのは、林殊の声だけでもよく分かる。
━━もう、、決定だな。、、祁王に何て言おう。━━
「お帰り、珀斗。楽しかったか?、小殊の所は。」