灼青と珀斗
靖王は腹を抱えて笑っていて、笑いが止まらない。
「、、、、、、景琰。」
「あはははは、、、、、ぶっ、、、くっくっくっ、、すまぬすまぬ、、、ぷぷっ、、、。」
林殊は、冷めた視線を靖王に送り、睨みつけた。
━━まずいな、小殊を怒らせた。━━
そう気がついても、靖王の笑いは、中々、治まらない。
笑いを堪えながら、靖王は、林殊の方へ歩いていき、水辺に浸かって座り込んでいる林殊を助けようと、手を差し伸べた。
その一瞬、ぞくっとするほどの林殊の表情。何かしでかす時、一瞬見せる林殊の眼。
「あっ、、。」
靖王が、この眼に、気がついた時には遅かった。
どぼん。
二人とも湖の中に、嵌ってしまった。
林殊は、差し伸べられた靖王の手を、思い切り引いたのだ。水に落とされた林殊同様、靖王もまた、油断をしていた。見事に、林殊に湖の中に引き落とされてしまった。
「ふん、笑い過ぎだ、景琰。」
━━やられた、、。━━
林殊が笑っている。
「全く、小殊ときたら!。」
「ふふふふふふ、、。」
━━小殊め。
小殊に落とされると、想像がつかない訳ではなかったのに、やられた。まんまとやられた自分が悔しい、、。━━
靖王は、ばしゃっと一掻き(ひとかき)、林殊に水を掛けた。
「ぷはっ。」
林殊も、水をかけられたままで、はいなかった。
「このぉ。」
靖王に応酬して、倍の水をかける。
「あっ、、、やめっ、、、。」
終いには二人して、水掛け合戦に、なってしまった。
近くにある、岩場に、濡れた衣を広げて、乾かした。
夏にはまだ早いが、今日は温かだった。
肌着になり、二人、岩の上に並んで寝転んだ。
岩は陽光に良く温まっており、大きな岩に寝転ぶと、温かい。
「あ────、温かい。湖の水は、長く泳ぐにはまだ冷たいな。」
「ああ、ふふ、、、いつ以来だ?、あんな水遊び。」
「えぇーっと、、、いつだろう。皇宮の池に落ちた以来か?。」
「あの時は、誉王もいた。え?、あの後も、何かあった気がする。」
「あぁ、あったあった。言府の豫津や、謝家の景睿がいた事もあったなぁ、、、。チビ助共が、私達に付いて来たがって、、、面倒臭いから、手加減しないで遊んでたら、豫津が泣き出して、、、そしたら、祁王が慌てて来て、こっ酷く怒られたなぁ〜。」
「手加減無し所じゃなかったぞ。あの時は、溺れかけてたんだ、豫津も景睿も。」
「豫津が、大袈裟なんだよ。ちょっと、しんどくなると、ぴーぴー泣いて、まるで私が、酷い事してるみたいにさ。景睿は泣かないのにな。」
「景睿は我慢強いな。小殊が邪険にしても、付いて来たがって、、。」
「その位の根性が無けりゃ、私達とは遊べないよ。」
「まったく、小殊は、、ふふふ。」
「遠駆けにしろ、狩りにしろ、私達のしたい事は、野営(野宿)も有りだ。チビ共が居ちゃ、出来なくなる。そんなのはつまらないだろ?。」
「まぁ、、、な。」
「あぁぁー、ぽかぽかして気持ちいい。このまま寝てたら、服、乾かないかな、、。」
林殊は、大きく伸びをした。
「小殊、うっかり寝るなよ。風邪をひく。」
「えー、ちょうど眠くなってきたのに、、。少し寝かせて。風がないから、大丈夫さ。私達は丈夫なんだ。
、、あぁぁ、、眠、、、。」
「おいっ、寝る気か?!、ホントに風邪をひくぞ、こらっ。」
「、、、、。」
側で体を揺すってみるが、あっという間に眠りに入ってしまった様だ。林殊はいつもこうだ。寝てしまったら、暫くは起きない。
「、、、ふふ、困った奴だな。」
「さて、こいつに何を食べさせよう、、。」
靖王は、早くも、夕餉の心配をしていた。
━━まぁ、出したものは、何でもたべるだろうが。━━
林殊の、食べたい物を、出してやりたい。
靖王府の、炊き屋の料理人からは、靖王があまり注文を付けないので、作り甲斐が無いようだ。かと言って、格別、何でも良いのだ。好き嫌いは無いが、食べたい物を、いちいち言うのも面倒だった。
「ま、小殊とて、何でも良いのだ。いつも食事を出されれば、平らげる。小殊の嫌いな物なぞ、聞いたことも無い。」
「、、、、牛の丸焼き、、、、。」
「何?。」
「、、、、、、。」
「小殊?、起きているのか?。」
「、、、、、、、ぐぅ、。」
「おい、、小殊?。」
靖王は、林殊の寝ている肩を、揺すってみた。更に強く揺すっても、体の力は完全に抜けていて、とても起きているとは、思えなかった。
「、、、、なんだ、、ほんとに寝ているのか。」
薄く口を開けて、眠りを貪る様は、小さな頃から変わらない。
「ああ、驚いた、、『牛の丸焼き』なんか、どうやって作るんだ。作ったとして、靖王府だけでなんて、食べきれない。小殊の寝言で良かったよ。」
昔から、林殊の罪の無い寝言に、何度か驚かされ、大騒ぎさせられ、、、、、。
━━、、だが、、、、、楽しかった。━━
林殊が靖王府に来たら、どれ程大騒ぎして、これからの日々が、どれ程充実するだろうか。
━━今日から、楽しい、、、かな、、。━━
若干の不安もあるが、これからの日々を想像すると、独りでに頬が緩む。
「、、、ふふふふ、、。」
この穏やかな陽光の様に、靖王の心が、幸せでいっぱいになった。
──────糸冬──────