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つきのひかり、そしてあなたがいない

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月明かりがまぶしい。モニタの液晶がうっすら発光しているだけの暗い部屋にも、月光はそっと忍び込んでくる。マウスを操る手を止めて、Lはブラインドの隙間を指でこじあけた。青ざめた美しい満月が中天高く端座していた。
 ……なぜ、息子に「月」などという名をつけたのだろう。
 それは夜神総一郎にずっと訊いてみたいと思っていた事だったけれど、結局訊けずじまいだった。満月を見上げるたび、Lはその名を恨みたくなる。

 その名前のせいで、月夜のたびに思い出してしまう。彼を。


 監視カメラ越しに飽きるほど見たドアの前に初めて立ち、静かにノックするとあっけないほど穏やかな「どうぞ」という応答が返ってきた。緊張した面持ちで控えている松田と相沢を手で制して、Lはひとり、部屋に入った。
 机に向かって座った夜神月は静かに微笑していた。これから起こることを何もかもわかっている、そういう顔をしていた。
「珍しいね」
「……夜神月。あなたに、犯罪者連続殺人容疑で逮捕状がおりました」
 結局最後まで物証はあげられぬまま、それでも情況証拠だけで逮捕状が取れるところまで、Lは月を追い詰めた。行方不明になる直前の南空ナオミと話している月が警察庁内の監視カメラに残っているのを見つけてからは、あっという間だった。
「やっぱり、オリジナルのキラはあなただった」
 月は微笑を浮かべたままだ。
「私と一緒に来てくれますね」
「……嫌だと、言ったら?」

「私を殺してみろ」

 いつか、最初にテレビ越しにキラを挑発したときと同じ声音でLは言った。あのときのことが、ずいぶん遠い昔のことのように思える。
 月の表情が凍った。
「どうした。殺せないのか」
 更に挑発を続けると、表情を亡くした月がす、と立ち上がった。次の瞬間Lは月に両手で喉元を掴まれ、ドアに叩きつけられていた。
「竜崎! 竜崎、どうしたんですか。大丈夫ですか!」
 ものがぶつかる派手な音を聞きつけた松田が、部屋の外で怒鳴っている。どんどんどん、とドアを殴る音もする。押しつけられているLの体のせいで、ドアを開けられないのだ。何か言おうにも、喉を絞められてさすがにうまく声が出なかった。
「殺してやるよ……望みどおりに」
 月の目に、今まで見たことのないような殺意が宿っていた。月は本気だった。本気で、Lを殺そうとしていた。
 しかしLの首にかかる手は激しく震えて、 Lの呼吸を完全に奪うだけの力はなかった。歯を食いしばって力を籠めようとすればするほど、震えがひどくなるばかりだ。
 月の両手からじわじわと力が抜けてきたのを見計らって、Lは思い切り空気を吸おうとした。Lの喉がやわらかく動き、それに驚いたのか月は一瞬手を放した。Lは素早く身を翻して月の両腕を背中で拘束し、膝で床に押さえつけた。

「……ころせないよ」

 月が呟いた。前髪に隠れて、表情はわからない。月は体の力を抜いてされるがままになっていた。くっ、と笑い声が漏れる。
「滑稽だな……自分でも数え切れないほどの命を簡単に奪ったキラは、素手ではたったひとりの人間も殺せなかったんだ……は、はは……!」
 月は狂ったように笑った。それから、静かに言った。
「僕の負けだ、リューク」
「……リューク?」
 聞き慣れない単語にLは鋭く反応した。
「今、何と言った?」
「負けたと言ったんだよ」
 無理な体勢のまま月は首だけを後ろに向け、Lを見た。月は微笑を浮かべて言った。
「僕が、キラだ」 

 夜神月は自分がキラであること以外は一切を黙秘した。どれほど追い込まれても彼は口を割らなかった。
 満月がきれいな夜だった。激しい尋問に自らも疲弊したLは、監視用のモニタに向かってソファに座ったまま仮眠をとっていた。点けっぱなしのモニタが暗い室内で発光している。ふいに、静止していた画像がかすかに動いた。月の口もとだ。
「!」
 Lが体を起こすと同時に、ワタリからの報告が入った。
「竜崎、夜神月が」
「すぐに行く」
 セキュリティをクリアするのももどかしく、Lは隣室へ急いだ。何かあったらすぐ駆けつけられるように、月を留置しているすぐ隣の部屋でLはモニタリングを行っていた。
「……いるんだろう? そこに」
 月の声は掠れていた。指一本動かせないように拘束され、視覚も聴覚も封じられて、おそらくは限界まで衰弱しているはずだ。それでも月の口元は笑っていた。Lがさんざん見せつけられてきたつくり笑いではない、心からの笑みだ。
「今、僕を殺してくれないか」
 夢見るようなどこか遠い調子で、月が言う。
「私の質問に答え、殺害方法を自供するなら楽になれると、何度も言っていますが」
 言いながらLは既視感を覚えていた。前にも同じような場面があった。……弥海砂を最初に確保したときだ。
「予定より少し早まるだけで、どのみち同じことなんだよ。……僕を殺してくれ」
「夜神月、私の質問に答えなさい」
「意地が悪いな……リューク」
「その、『リューク』というのは何だ」
 リューク。その言葉はずっと、Lの中で引っかかっている。
「殺しに関係ある言葉なのか? 固有名詞か?」
「…………」
 夜神月は唇を結んだ。薄く、真っ直ぐに結ばれた唇に、もう何も言うまいという意志が強くあらわれている。
 Lは爪を噛んだ。容疑者から自供が取れないというだけではない、別の感情が神経をざらざら撫でる。それは疎外感に近いものだった。
「……往生際が悪い。いい加減負けを認めて素直に吐いたらどうです夜神月。どうやって殺人を行っていたのか」
「…………」
「またその動機は。……こちらは想像はつきますが」
「……動機か」
 月が口を開いた。
「動機は……」
 Lは息を詰めて次の言葉を待った。

「退屈だったから」

「……ッ!」
 ぱん、と乾いた音がした。Lが月の頬を平手で打ったのだ。
「……竜崎らしくないね。怒りで我を忘れるなんて」
「……すみません」
 すぐに自制心を取り戻したLは平静な口調で言った。ぎり、とまた爪を噛むと指先の皮が破れて血がにじんだ。
「父が過労で倒れたとき、僕たちに言ったことを覚えているか」
「……はい」
 悪いのは人を殺せる能力だ。そんな能力を持ってしまった人間は不幸だ、夜神総一郎は病室でそう言った。あのとき月はどんな顔をしていたのだったか。
「僕はキラとしての能力を得た事を不幸だなんて、一度も思わなかった。今でもそうは思っていない。……最後は負けてしまったけれど、僕は自分のしたことを後悔なんてしていない」
 月の口調はいつになく素直で、強がったり虚勢を張ったりしているふうではなかった。
「僕は本当に退屈だった。全部が思い通りになるっていうのは死ぬほど退屈なことだよ」
「だから、キラとして裁きを下すことでスリルを楽しんでいたと言うのですか」
 月はやわらかく笑った。
「キラにならなかったら、僕がおまえと出会うことはなかっただろ?」
「…………」
「思い通りにならない相手は退屈しないってことを初めて知った。おまえと出会ってから、僕は一度も退屈だという気分を味わわなかった」
「…………」
「だから後悔なんてしてないよ」
「……私は」
 精一杯感情を抑えた低い声でLは言った。