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つきのひかり、そしてあなたがいない

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「もっと別のかたちであなたと出会いたかった」
「はは……竜崎、おまえは僕がキラじゃないかも知れないと思ったとき、心底つまらなそうにしていたじゃないか。もし僕が……そうだな、父のような立場でおまえの前に現れても、おまえはそれほど僕に興味を持たなかったんじゃないか?」
「…………」
「……竜崎、いや、……L」
「なんですか」
「本当の名前を教えてくれたら、『リューク』の意味を教えてやるよ」
 月は「リューク」という単語をいとおしそうに発音する。
 教えたら、私の名前も「リューク」のように、大切に呼んでくれますか?
 喉元まで出かかった言葉を、Lは飲み込んだ。
「……馬鹿なことを。大体、あなたは私と取引が出来る立場ではない」
「そうか。残念だな」
 呟いてから、ひときわはっきりした声で月は言った。

「さよなら。L」


 結局自分がキラであること以外の何も明かさないままで、夜神月は処刑された。
 膠着状態が続き、いつ終わるという目処さえたたない長期の取り調べに世界各国の要人や警察幹部が痺れをきらしたのだ。「Lは個人的にキラと取り引きし、キラを手に入れようとしている」という憶測も飛んだ。終いには日本政府はキラを軍事使用するつもりなのだと騒ぐ国まで現れ、一時は国際問題にまで発展しかけた。
 いつだってそうだ。人々は諸悪の根源をとにかく排除すればいいと思っている。それがどんなものか、理解しようともせずに、ただ無闇に怯えてヒステリックに排除する。
 怖ければ尚更正体を見極めなければならないのに、何も知らないまま失ってしまうことのほうが余程怖ろしい、とLは思う。けれど、どうにもならなかった。
 世界からキラがいなくなり、激減していた凶悪犯罪は以前のように頻繁に起こるようになった。キラ事件から解放されたのも束の間、Lは相変わらず忙殺されている。
 事件のことをゆっくり振り返る暇もない。


 ……それでも、こんな美しい月夜には思い出してしまう。秘密を全部抱えていなくなった、彼を。

 夜神月がいなくなった世界は、彼が望んだ世界、あるいは彼そのもののように美しく完璧ではないけれど、Lはそこで生きていくことを選んだ。
 自分が掲げた正義を疑ったことはない。後悔なんてしていないと言い放った夜神月と同様、Lだって後悔なんてしていなかった。
 ひとりなのは今に始まったことではない。ずっとひとりだったのだ。
 また、元の生活に戻ってひとりになった、それだけのことだ。

 それだけの、ことなのに

 どうして、こんなに

 誰よりも真剣に彼を見つめていた。一挙手一投足、僅かな表情の動きも見逃すまいと全神経を集中していた。家族や恋人なんかよりずっと濃い密度で見つめていた。
 そして24時間ずっと彼のことを考えていた。
 それなのに、結局、夜神月をわからないまま、彼はいなくなってしまった。
 部屋から一歩も出ず名をあかさず誰にも心をゆるさずにいても、書物やTVやインターネットやあらゆるメディアを通じて世界と繋がりすべてを視すべてを識るならば、それは生きることだと思ってきた、そうして生きてきたことの報いなのだろうか。
 初めて本気で関わった夜神月のことがわからないのも、彼のことを忘れられないのも。

(リューク)
 もう永遠に解けることはないその単語が、それを発音する彼のやわらかい声が、今でもLの頭にひっかかっている。

 彼のいない世界を照らす月光が、Lがひとり座る暗い部屋にも届く。満月が美しすぎて見ていられない。Lはブラインドを強く引き直した。

 彼がいない世界に慣れることが、まだ、できない。