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(1)


季節はゆっくりと、しかし確実に移り変わっていった。
暖炉の火を少しでも弱めると途端に部屋中寒くなる日々はようやく去っていった。暗く長い冬が終わりを告げる日が近くなったのだ。
人々は春の微かな足音に喜びを感じ始めていた。
……とはいえ、まだまだ雪に閉ざされた日々は続く。

ガリーナから、もうマルーシャの所に行く位だったらコートを着ていかなくても大丈夫じゃないか?と言われた。
ユリウスはクローゼットにかけてあるコートを手に取り、じっと見つめて少し迷っていた。
「……やっぱり着ていくよ。風邪をひいてしまったら大変だもの」
と言っていつも通りコートをすっぽりと着こんだ。
「そうね。フフ……とても似合うわ。ユリウス」
頬を染めたユリウスは、いくぶん長い袖を愛おし気に撫でてコートを見つめる。そして、嬉しそうに微笑んでいるガリーナに見送られ、いつもより少し重い鍋を両手で抱え、慎重に階段を昇って行った。
「ユリウス!」
「ジーナ、こんにちは。今日はね、ペリメニを持ってきたよ」
勢いよく出てきた少女に優しく微笑み、ユリウスは屈んで手に持っていた鍋をジーナに見せた。
「わーい!ありがとう!ママァ、ユリウスが来てくれたよ」
ジーナが駆け寄った先には、青白い顔色の女性がベッドに横になっていた。
「マルーシャこんにちは。具合はどう?」
「いらっしゃい、ユリウス。ええ、今日は落ち着いているわ。ごめんなさいね、いつも。ガリーナの所だって大変でしょうに」
鍋をテーブルに置き、ゆるゆると起き上がろうとするマルーシャを慌てて止めて、上掛けを肩まで引き上げてやった。
「‥‥ぼくも居候だからその点は苦しいんだけど。ガリーナはね、今は気にせず体を丈夫にする事を考えてって言ってる」
「ありがとう。本当にありがとう……」
涙を浮かべるマルーシャを励ますように微笑み、傍らで母の様子をじっと見つめているジーナに声をかけた。
「じゃぁジーナ、一緒に準備してくれる?」
「うん!お皿出すね!」
「あ、それとね、この前ガリーナから特別に美味し~いお茶の淹れ方を習ったんだ。食べた後に淹れてあげる」
「本当?!楽しみ~!」
「あ、でも……実は一人でお茶を淹れるのって初めてなんだ。上手く出来るといいけど」
「え~!お茶を淹れた事無いの?ユリウス、面白~い!じゃぁ、ジーナの方が先生だよ。ジーナいつもママに淹れてあげるもの」
エヘン!とするジーナの姿が微笑ましく、ユリウスは少女の柔らかな頬を両手で優しく包み、上下に動かした。
「きゃぁ~!ユリウス!やめてぇ~!」
「フフフ……じゃぁ、お願いします!ジーナ先生」
二人で笑い合い、手をつなぎ小さなキッチンへと歩いて行った。


テーブルに皿を二つ並べ、鍋からペリメニを移した。部屋はあたたかな優しい香りですぐに満たされる。
「このブイヨンはね、ガリーナがじっくりと煮込んで作ったものだからとっても美味しいよ。で、今日のペリメニはぼくが包んだんだ。ごめんね、不格好でしょ。でもね、形は不格好だけどガリーナと一緒に作ったから味は保証するよ」
黄金色のスープから湯気が立ち上り、テーブルにかじりついていたジーナの顔が輝く。
「お行儀が悪いわよ、ジーナ」
「だってぇ、とっても美味しそうなんだもん。はぁ~、いい匂い!!」
「本当ね。とても良い香りね」
「ねぇねぇ、ママも元気になったらまたペリメニ作ってね!ママのペリメニまた食べたい」
「ええ!もちろん。その時には手伝ってね、ジーナ」
「うん!!約束する!」
仲睦まじい様子の母娘。
母のほっそりとした指で頬を優しく撫でられ、嬉しそうに笑い甘えるジーナの様子に触れ、ユリウスは幼い頃の自分に思いをはせた。
アレクセイは、優しい母との二人きりの生活だったと言っていた。仕事に、家事にと忙しかったろう母を助けて、二人でこんな風に支え合って暮らしていたのだろうか……と。
目の前の母娘の様に、母と二人で食卓を囲みどんな話をしたのだろう?
どんな料理を作ってくれたのだろう?
どんな笑顔を浮かべ見つめてくれたのだろうか………
母の手のひらの感触は……声は……どんな風だったのだろうか?


「お前によく似た、優しそうな母親だったぞ」


アレクセイが教えてくれた母の面影を思い出したくて、あの日以来幾度も鏡をのぞいてみた。しかしそこに母の姿は現れなかった。
落ち込むユリウスを見かね、髪を結ってみてはどうかとガリーナが提案し、色々な形で結ってくれたりしたのだが、結果は同じだった。
ユリウスはおぼろげに浮かぶ母の面影を、マルーシャに重ねてみる。
優しくわが子を見つめる母。
弱ってはいても、娘の健やかな成長を願っている母。
こんな風に母も自分を見つめてくれたろうか。
自分の成長に目を細め、喜んでくれたろうか?


母の事を思い出したかった。そして何より、幼い自分を思い出したかった。
自分の今のかっこうや言葉遣いからすると、普通の少女として育てられたとは到底思えなかった。
正妻に男子がいなかったアーレンスマイヤ家に、跡取りとして迎えらえたとアレクセイは教えてくれた。その事がユリウスの心に暗く影を落とす。
優しい母が、なぜ娘を男として育てていたのだろう。
髪を長く伸ばす事も無く、スカートを翻して笑う事などなく、男として生きていく事を強要されていたのか?
求める答えは闇の奥深くへと沈んでいく様な感覚に襲われる。そして思い出そうとすればするほど、どこからともなく現れる黒い影がユリウスを絡めとっていく。
自由を奪い、動く事も息をすることすら許さないその影に地の底へと引きずり込まれてしまいそうになる。
ユリウスはぎゅっと目をつむり、抗う様に声を絞り出そうとする。

……やめ……ろ……!ああ……、だ……れか……。ア、アレクセイ!!

声にならぬ声で心に浮かぶアレクセイに助けを求めた。

「……リウス!ねぇ、ユリウス!大丈夫?」
ジーナの透き通った声で現実に引き戻された。
深い闇も、体中にまとわりついていた黒い影も何もなかったが、じんわりと額には汗が浮かんでいる。
「ユリウス、どうしたの?大丈夫?」
マルーシャも心配そうにしていた。
ユリウスは自分を捕らえる禍々しいものを振り払うかのように、目を瞑って頭を軽く振った。
ジーナの茶色い瞳が不思議そうに見上げている。
ユリウスは、アレクセイがよくやってくれるようにジーナの柔らかい髪をくしゃくしゃっとかき混ぜた。
「ごめんね。大丈夫、何でもないよ。お待たせしました、マドモアゼル!どうぞ召し上がれ」
「いただきまぁす!」
ジーナが食べる事を考えて小さめに作ったペリメニ。スプーンでうまくすくって次々と頬張る様がほほえましく、思わず笑ってしまう。
「あらあら、ジーナ」
「ハフ……ママも食べて。とっても……ハフ……美味しいよ」
「さ、マルーシャも」
ユリウスに促されたマルーシャもゆっくりと食べ始めた。
温かいスープが弱った体に染みわたり、冷えた体が温まっていったのだろう。青白かった頬に、うっすらと赤みがさした。
「美味しいわ……、本当に」
「良かった。温かいもの食べてはやく元気にならなくちゃ!」
「ユリウス、おかわりある?」
作品名:その先へ・・・5 作家名:chibita