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彼方から 第三部 第八話 & 余談 第五話

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 彼方から 第三部 第八話

 轟音と共に飛び散る礫岩……
 爆発音と共に伝わり来る、激震……
 崩れゆく壁、天井……その天井を支えてくれていた柱も、既に何本かは、倒れてしまっている。
 黙面の棲む池のある神殿――
 その神殿のある『占者の館』は、イザークの――いや、【天上鬼】の力によって、崩壊寸前にまで達していた。

 いつ終わるとも知れぬ戦いの音。
 侵入者を倒す為、自らが出向いて行った黙面も、その黙面から力を賜っていた親衛隊の連中がどうなったのかも、杳として知れない。
 いつもなら、威厳と自信に満ち、何事にも動じぬかのように落ち着き払って命を下している大臣だが……
 虚勢を張る余裕もないのか、恥も外聞も無く狼狽えている。
 不気味に響き渡る破壊の音、崩壊に誘うような振動……
 強いものに従っていただけの連中にとって、何も情報が入って来ない――状況の読めない今の状態は、ただ徒に不安を募らせてゆくだけのものでしかない。
 命を下してくれる者が居ない……この先どうすれば良いのかを示してくれる者の居ない、今の、この現状は……

          ***
 
 一際大きく激しい爆発音が響く。
 建物全体を揺るがす程の衝撃に、神殿の天井や壁に、幾つもの亀裂が奔ってゆく。
 罅割れる壁、降り掛かる瓦礫に怯み、黙面の神官が我が身を庇おうと、思わず手を緩めた。
 その瞬間をノリコは逃さなかった。
「あっ!!」
 神官二人の手を振り解き、駆け出す。
 向かう先は一つ……
 迷いも躊躇いもない。
 ただ一つ……ただ一人……その人が居る場所へ向かって、ノリコは走り出していた。
「娘がっ……!!」
 神官の声に振り向くタザシーナの瞳に、走り去るノリコの後ろ姿が映る。
 まさか、今更、命を惜しんで……?
 いや、そんな風には見えない。
 その背中には、確固たる意志が、感じられる。

「う……うわーーっ! 捕まえろっ!! 逃がすなっ、逃がすなァ――――っ!!」

 顔を真っ赤にして取り乱し、ワーザロッテが喚き散らす。
 最早、国の重臣の一人たる威厳は、微塵も感じられない。
 だがそれでも、グゼナの国の大臣の一人には違いない。
 占者の館に配属された若い兵は、大臣の命令通り、黙面が壊して行った扉から出ようとするノリコを、追った。

          ドオォンッ――!

 激しい爆音が響く。
 ノリコが駆け抜けた瞬間、まるで、それを待っていたかのように、神殿の出入り口付近の壁が爆発、礫岩と化し、彼女を追う兵士に襲い掛かっていた。
「うわっ!」
 人一人、飲み込んでしまいそうなほどの大きさの塊りに姿を変えた天井や壁の残骸が、ノリコを追おうとしたグゼナの兵士に向かって落ちてくる。
 ガラガラと音を立て、巨大な壁や天井の破片が、神殿の出入り口に積もってゆく。

「バカ者っ、何をしている! 追わんか、追わんかっ!!」
 立ち込める土煙の向こう、小さくなってゆく生贄の娘の背中を眼にし、ワーザロッテはただ、兵士に命じるだけだ。
 自らは動こうともしない。
「し……しかし――」
 だが、大臣の命を受けた兵士も、
「ば、爆発が、どんどん酷くなって……」
 追い駆けるどころではなかった。
「向こうへ行くほど、ひ――酷くなって……」
 至る所で、爆発が起きている。
 幾つもの破片や瓦礫が、神殿と館を繋ぐ長い廊下の天井から降り注いでいるのが見える。
「いつ何時、あの破片や爆発に遭うか分からない……」
 当たれば一溜りもない……
 そう思えるような大きさの塊りが、眼の前に落ちてくる……
 …………身が竦む。
 激しさを増していくばかりの爆発と衝撃……
 娘が向かった先は、ここよりも更に、爆発も崩壊も激しさを増していると言うのに……
「あんな危険な……」
 あの塊り一つ――爆発の一つに、巻き込まれでもしたら……
 想像するだけでも、恐ろしくてならない。
「あんな所へ走って行くなんて――あの娘……」
 たとえ、『生贄』として連れて来られた身であろうと、命は惜しいはず。
 そのはずなのに――
 この場よりも更に身に危険が及び兼ねないところへと、どうして平然と向かって行けるのか――
「自殺行為ですよっ!!!」
 グゼナの若い兵士は、そう叫んでいた。
 
 ただ命令されて動いているだけの、自身の想いに準じて動いているわけではない兵士にとって、彼女の行為は、行動は……とても信じられないものでしかなかった。

 館全体が、爆発で揺れている。
 何時、何処で、どれだけの大きさの爆発が起こるのか、誰も見当など付かない。
 今居るこの場所が、安全なのかどうかすらも、分かりはしない。
 だがノリコは、振り返ることも、脇目すらも振ることはなかった。
 その耳に、何の音も入っていないかのように……
 その瞳に映っているのは、ただ一人……イザークだけであるかのように。
 罅割れ、亀裂が奔る壁も天井も、そこから降り注ぐ破片も、何もかも……
 今の彼女の耳にも眼にも、入りはしなかった。

          **********

 ……苦しい……

 何故――
 何故こんなに、
 心が苦しい……?

 何かに抑え込まれているようだ。
 何かに、締め付けられている……ようだ。

 おれは――
 何かを捜していた。
 何かを求めていた。

 ……『何』をだ!?
 『何』をっ!?
 …………分からない――

 分からないっ!
 ……何も見えない……
 何も――――
 それが、苦しい……

 言いようのない不安だけが、おれを襲う。

 不安――だけが…………
          ***

「あ……あああっ!!!」 
 ブルーグレイの髪を振り乱し、激しく身体を仰け反らせ、黒く大きな獣の翼を翻しながら、イザークは苦し気に、叫びにも似た咆哮を放っていた。
 水色の瞳は焦点を失い掛け、何処を見ているのかすら分からない。
「あ……あ…………ああ――――っ!!」
 体の内から湧き上がる、どす黒く強大な『力』。
 制御することなど、できない。
 ただ、溢れ出るままに、膨れ上がった黒い『気』を、辺り構わず迸らせてゆく。
 自ら求め、解き放った【天上鬼】の『力』。
 その闇の力の圧力に、イザークの『自我』は押し潰されてゆく……
 『破壊』の衝動に、抗えなくなってゆく。
 僅かに残っているのは、『想い』。
 自身のことなど顧みず、ただ求めた……その『想い』。
 それすらも今、消え失せてしまいそうになっている。

 たった一人の大切な女性(ひと)……
 ノリコを求め、捜し、取り戻しに来た、その『想い』さえも……

          ***

 小高い丘の上に建つ占者の館から降り注ぐ瓦礫から、街の住人が逃げ惑っている。
 爆発音は激しさを増すばかりで、治まる気配を一向に見せない。
 このまま爆発が続けば、館自体が崩れてしまうのも、時間の問題のように思える。
「お……おい」
 皆と共に逃げていた住人の一人が、驚き、慄いたように、思わず近場に居た住人を呼び止める。
「あれ……何だ?」
 逃げる態勢を取りながら、呼び止められた住人も、呼び止めた男が視線を向けるその方を見やった。
「……え?」