高等部男主
全編はフォレストページで連載中。
サイト名「檸檬」
長編完結。
初等部男女主もあり。
「よ、棗」
久しぶりにみた棗は相変わらず不愛想。
しかしその表情の中には、静かに燃える炎があった。
覚悟と決意。
同じだ。
どうして俺たちはこうも似ているのだろう。
同じ闇をゆく後輩を、知っててとめてやることができない不甲斐なさが苦しかった。
でも同時に、誰にもこの衝動を止められないことを自覚している。
だからこそ、棗の気持ちが理解できてしまう。
大丈夫、今の棗はひとりではない。
蜜柑が残していってくれたものがある。
「わぁー詩先輩だあ」
「専科の始業式はいいのー?」
「今日もかっこいい!」
棗や流架たちに会いにきたにもかかわらず、他の新中等部生に囲まれてしまう詩。
あの騒動以降、学園では詩の活躍が騒がれていたのだから、前以上にどこにいっても詩は人気者だった。
打倒初等部校長の中心人物として、学園側もその目が詩に集まるのはちょうどよかった。
関わったすべての先生や生徒たちへの注目を詩が一手に引き受ける形となっていた。
変な憶測を生んだり、下手な詮索をされるよりかは、詩という人柄は学園全生徒の理想形そのものだった。
そのおかげで、あんなにも学園中を騒がせ、学園の統制が一変するようなできごとだったにも関わらず、詩以外の生徒や先生は平穏な日々を送ることができていた。
もちろんある程度の情報規制は志貴により出され、あの日何が起きたか具体的なことを知るのは一握りしかいない。
そんな中で詩は皆の期待通り、公の場に何を隠すこともなく現れてみせた。
中等部生の輪の中にいる棗。
これこそが蜜柑が残してくれたもの。
かけがえのない仲間。
そして、決してひとりではないと思わせてくれる心。
大丈夫。
棗はもう、蜜柑と出会う前の棗じゃない。
蜜柑を失ったといえど、きっとまた2人は巡り合える。
詩は根拠はないが、そう信じて疑わなかった。
「体調どうだ?
制服、似合ってんじゃん」
詩は何も変わらない。
まわりの中等部生の人だかりがいなくなると、いつものように棗の肩に腕をまわし、じゃれている。
流架の頭をわしゃわしゃとなでるのも忘れなかった。
うざったそうにする棗も、いつも通りだ。
そんな光景を、流架は安堵しながら見つめる。
また、日常が戻ってきた。
埋まらないパズルのピースはあれど、苦しみの枷は確かに外れた。
「中等部入学おめでとう」
太陽のようにまぶしく笑う詩。
自然と、みんなの気分を軽くしてしまうその明るさ。
時々、そんなエネルギーはどこからうまれるのだろうと思ってしまう。
「これからどうするんだよ」
棗はそう、鋭く問うてくる。
「会って早々その話かよ」
ったくしょうがねーなあと、詩は苦笑い。
「お前もそれで来たんだろ」
「中等部の入学祝いは本当だぜ。
まあ、そのついでに危力の新しい担当教師から言付かったことを告げに来た」
新しい危力担当の教師といえば、鳴海だった。
「え、そうだったの?」
と、横の殿内は言う。
「あ、いたんだ...」
という流架の素直な言葉が刺さる殿内はおいといて、詩と棗は向き合う。
「聞いて驚くな!
棗を、俺の後任の危力系代表に任命する」
びしっと指をさして決めポーズをとる詩に反して、え、と時がとまる感覚に陥る。
「なんだそれ...
お前ついにめんどくさくなったのか」
最初に口を開いたのは殿内だった。
「ちっがーう!
まあいろいろあってだな、俺はこれから少しの間、学園を留守にする。
また危力系の代表が不在になるのは危力系にとっても、これから入学してくるアリスにとっても不安なことだろ?
そこで、俺の後任を考えたんだけど棗しか思い当たらなかった」
「え、初耳なんですけど」
殿内も耳を疑っていた。
「今言った」
にこっと無責任スマイルが返ってくる。
しかし棗の表情は険しかった。
「ああ心配すんな。
任務とかじゃねえよ。
俺が希望したんだ。
志貴さんにも話は通してある」
「留守ってどこに...」
流架は不安げに、棗も思ってるであろうことを口にする。
「まあ今はくわしくそれを言えないんだけど、しいて言うなら“自分探しの旅”かな」
かっこつけたものの、自己満足だったようだ。
さすがに3人の反応で察した。
「お前痛いぞ」
殿内の言葉を真正面に受けたから、ダメージは大きい。
「納得できるように話せよ」
棗の真剣な瞳をみて、詩はふざけるのをやめる。
「本当にくわしいことは話せないんだけど、俺は俺自身と俺のアリスについて、もっと知りたいことがある。
じいさんのこともそう。
だから、失ったアリスを取り戻す準備をする。
それと、今回の危力系代表のことはちゃんと棗にもメリットがある。
お前がちゃんと任を果たし、それが認められれば“飛び級”っていう措置も検討されるらしい。
な、わるくないだろ?」
悪戯っぽく笑う詩。
はっとする棗と流架。
「ま、くわしくはナルにきくんだな」
詩はそれだけ言って、鼻歌交じりにその場を去るのだった。
帰り道、殿内ははあっとため息をつく。
「ったくお前って次から次へと突拍子もないこというよな」
「なんだ殿、また俺が留守にするの寂しがってくれてんの?」
おちょくる詩はなんだか嬉しそう。
「別に。
お前の今の顔は前に比べたらよくなったから、全然心配してねーよ。
むしろ逆。
お前の隣にいると、飽きねえな」
殿内は楽しそうに笑った。
最高の誉め言葉に、詩もまた笑う。
神様、ありがとう。
先生、じじい、蜜柑、みんな、ありがとう。
俺は今、最高に幸せだ。