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高等部男主

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「僕に勉強を教えてください!」

今公衆の面前で行われているのは、学園の人気者が元学園総代表に土下座する図。

まわりがざわつかないわけがなかった。

櫻野秀一、専科2年の首席。

東雲 詩、専科2年のドベ。

櫻野の詩を見る目はまるで、ごみをみるような目だった。

それに屈しない詩も詩で、まわりは賞賛する。

「ふつうあんな目向けられたら俺なら人間として生きていくことをやめたくなるな...」

そんな声もきこえた。

しかしさすがの櫻野も、この人だかりの前で詩をないがしろにはできなかった。

はあ、とため息をついてついにその待ちわびた言葉をいう。

「君はほんとにズルいね...

わかったよ。

ただし、条件がある。

あくまでも僕は僕の学業を優先する。

その中で君に時間をつくるのだから、それ以外の時間は干渉しないこと。

そして、やるからには本気でやること。

いいね?」

「はっはいいい!!!

よっしゃ、通算67回目の土下座でついに!!!

恩に着ます!!」

今の詩はまさに飼い主にしっぽをふる仔犬のよう。

あの詩を手なづけるなんて、櫻野秀一恐ろしや...

皆がそう思ったのも無理はなかった。







話は1週間ほど前に遡る。







「詩、中等部校長が呼んでるから至急向かうように」

鳴海にそう言われ、詩はなんだろうと思いながら志貴のもとへ急いだ。

そしてそこで衝撃的なことを言われる。

「君の成績を見直したが、予想以上だった」

「え?」

「学外の任務をこなしていたとはいえ、この成績は目に余る。

最低限の学力を身に着けない限り、学外研修と銘打った君の要求をのむことはできない」

「え、えええええ?!」

「以上、下がってよし」









「ちょっと厳しすぎません?」

鳴海がいうも、志貴の目は姫宮にも垣間見るサディストそのもの。

「人がもがき苦しむ姿をみるのは最高...

あ、いえ...

この学力が無視できないのは高等部校長も同意見。

彼の卒業にも関わる」

志貴は、各関連組織への東雲詩の報告を任されている立場でもある。

詩の卒業後の進路は、詩が自由に決められるものではない。

それだけ詩とそのアリスは日本の政府や警察組織など、目をつけられているのだ。

なるべく平穏な道を歩めるよう、その根拠の資料のひとつとして、学業という指標は欠かせないものだった。








「と、いうわけなんだ」

かくかくしかじかと、詩は櫻野に勉強しなければならない理由を話す。

「お前も忙しいのにわりいな」

そうは言うものの、何も悪びれている様子がないことはみてわかる。

「何を今さら...

あんなことされたら了承するしかないでしょ」

櫻野はあの公衆の面前の土下座を思い返す。

「わるかったって。

でもあーでもしないとお前受けてくれないと思ってさ」

「ほんと、考え方が幼稚」

「それをこれから直すんだろー?」

と櫻野の気も知ってか知らずか呑気にいう詩。

「お前の邪魔はしないよ。

頼めるのはお前しかいないと思ったから」

詩のまわりにはたくさんの人がいるが、その中でも本当に信頼している人のひとりが、櫻野だった。

その櫻野が今、忙しいことも知っている。

彼は今、国際アリス機関に入るための準備に追われている。

世界のアリスに関わることすべてを統括するアリスの最高峰機関。

そこに入るにはアリスの強さはもちろん、人間性、精神力、並外れた学力など、審査基準は多種多様で、すべてにおいて100点は当たり前。

100点以上を期待される、いわばアリスのエリート中のエリート。

日本のアリス学園でも、正規ルートで現役合格した例はここ数年ない。

10年に1人いるかいないかの狭き門。

正規ルートと言ったが、まれに、詩のような裏任務でその名が知れてスカウトがくる、裏ルートもある。

しかしそちらは正規ではないがゆえ、どんな仕事が待ち受けているか誰にもわからないし、裏ルートの存在さえ、一握りの者しか知らない。

噂では、スパイのような活動で、常に死と隣り合わせ、その任務の特性上、家族や友人とも会えず、一生身分を隠しながら生きていくことになるという。

かくいう詩にもその誘いがきているのは事実だが、詩は断固拒否しているし、詩を思う志貴や高等部校長もそれを許さなかった。

それに対して正規ルートで入れたものは全アリスの憧れの的、アリスであることで一般人よりもエリートの道が期待されているというのに、その中でも頂点の場所。

仕事内容は多岐にわたり、国際警察、地球規模の環境問題、保健、児童支援など、さまざまというか、人類の平和を目的とすることすべてである。

そんなことだから、本来ならば、櫻野は詩に勉強を教える暇などないのである。






それでもこうして、多少強引ではあるが櫻野は詩との時間をとってくれている。

詩はしっかりとそこを理解し感謝していた。

そしてそこまでして櫻野が厳しい国際アリス機関へ挑戦する目的を、誰よりも理解しているのが詩でもあった。

櫻野は、その一生安泰とされる国際アリス機関へ地位と栄誉を求めにいくのではない。

“今井昴”という存在。

それが、詩と櫻野にとって、とても大切な存在であることは共通項だった。

その手掛かりを、あそこでなら、つかめるかもしれない。

解決となる、糸口がみつかるかもしれない。

櫻野はそう、考えていた。

詩が自分にしかできないやり方で動くのをずっと見守ってきた。

そこで考えていた。

自分にも、自分にしかできないやり方があるのではないか。

僕にしかできないこと....

考えた末たどり着いた答えがこれだった。

ただでさえ、試験まで時間がない。

学園のごたごたで試験対策を始めるのは遅かった。

そのごたごたが原因で受けようという気になったのだけど。

いくら学園の首席といっても、国際アリス機関はそんな甘い場所ではない。

それでも櫻野は挑戦しようとしているのだ。

詩はそんな友を誇らしく思っていた。






「戦いは終わってない...」

静かな櫻野の瞳。

いつだって冷静な彼。

「ああ」

「この、自分自身が半分なくなったような感覚...

これを取り戻さないと、僕は前に進めない」

静かな瞳に宿る熱い炎が、棗の目と重なった。

そう、戦いは終わってないんだ。

詩も、深く頷いた。









作品名:高等部男主 作家名:asuka