高等部男主
アサ婆と山に向かう道中、けっきょくマヒルもついてきた。
言葉少なげに、でも心配しているような目を向けてくる。
「あの、ここにくるまで街を通ってきたのですが子どもをみかけませんでした。
どこか、学校があるのですか?」
詩は、ふと疑問に思っていたことを口にする。
「子どもたちは、この村にはいないわ」
「え...?」
「みんな、南雲さまが守ってくださってる」
マヒルが見上げた先に、大きな山がそびえたっている。
「この山で、南雲さまが守ってくださってる。
あなたも学園の人間ならわかるでしょう。
あの執拗なスカウトと、外部からの敵の数々。
外部の者がこの村に入るのも困難だけれど、この山はまた別格。
南雲さまのお力が一番強く行き届く場所。
ここで皆、大人になるまで鍛錬を積み、ひとりで生きていく力、戦い抜く力、誰にも大切なものを奪われない力を身に着けてゆく。
この村で今主軸になって働く大人は、そうやって南雲さまに育てられた。
私もそのうちのひとり。
そして、私たちの子どもたちも今、南雲さまに守り育ててもらっている。
南雲さまは、偉大なお方よ」
形は違えど、学園に似ているなと思った。
幼いころから親元を離れ、隔離される。
どこにいっても、アリスは平凡な道は歩めないのかもしれない。
「学園と一緒にしないで」
鋭い、マヒルの言葉に詩は驚く。
「あ、ごめんなさい。
つい...
私もアサ婆ほどではないけれど、視えるアリスなもので...」
詩は納得した。
「学園なんかと違う。
私の従姉は学園に行ったっきり、一切連絡をとれなくなった。
それは今も同じ。
だけど、南雲さまは...
厳しいお方だけど、私たちへ惜しみなく愛情を注いでくれた。
親ともまったく会えないわけじゃない」
「強い信頼関係が、結ばれているんですね」
詩の言葉に、マヒルは頷いた。
「あ、でも!
村に入るとき、女の子をみかけました。
キツネの面をかぶった...」
詩は思い出して言う。
マヒルは少し首をかしげる。
「そんなこと、あるはずないわ。
きっと見間違えよ」
そんなマヒルの言葉に、詩は一瞬だったし、そうかもしれないなと思うのだった。
「ついたぞ」
凄みのあるアサ婆の声に、はっとする。
少し山の正面からそれたところ。
そこに案内がなければわからないほどの小さい小道があった。
目印程度に、小さな赤い鳥居もある。
「ここから登るといい。
山はあらゆる手を使ってお主を試してくる。
幸運を祈る」
ビー玉のような、きれいで少し恐怖すら感じる瞳で見据えられる。
「俺に、何か視えますか」
詩も、負けじとその瞳を見返す。
しかし、アサ婆はその目をあっさりとそらす。
「近頃目がわるくての...」
よくわからないが、嘘をついているのはわかった。
でも、あえてそうすることにアサ婆の意思を感じたから、詩は何も言わなかった。
「ありがとう、アサ婆。
マヒルさんも。
いってきます!」
詩はからっと笑って言う。
「どうか、気をつけて」
マヒルが言ったのに、うんと頷く詩。
アサ婆は何も言わなかったが、詩の姿が見えなくなるまで、その姿をずっと見送っていた。
「不思議な方だった。
アリスだけじゃない...真の強さをもってる感じ...
アサ婆は、何が視えた?」
詩を送り届けた帰り道、マヒルはアサ婆に問う。
「言ったじゃろう...
最近は目がわるくなったと...」
それ以降、アサ婆は何も話さなかった。
だけど、その瞳が一瞬懐かしさに揺れ、やさしくなったのをマヒルは見ていた。
「ユウヒ...元気でやってるかしら」
マヒルはそうつぶやいて、山を振り返った。
青々とした山は、風で木々が揺れ、まるで皆に寄り添ってくれるよう。
大丈夫、山は、南雲さまはみんなの味方だから...