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【弱ペダ】うちのボーカルが音痴なワケない!

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 それを見て、今泉は納得した。やはりみんな不安だったのだ。鷹揚に構えているようでも、それでも不安だったのだ。それでも坂道を信じて待っていたのだ。何故かふっとそれで今泉のメーターを振り切りそうに昂っていた緊張が少し落ち着いた。
「行きましょう」
 今泉はそう言った。メンバーが驚いた顔で今泉を見てくる。今まで一番不安な顔をしていただろう今泉が、そう言ったのだ。驚くのも無理はない。正直、まだ緊張はしている。今の声もひっくり返っていた。手に嫌な汗を掻いて、小刻みに震えている。今なら何もしなくてもギターの弦を押さえるだけでビブラートが掛けられるだろう。
 だが、今泉の言いたいことを判ってくれたのだろう、全員が、うんと頷いてそれぞれの楽器を手に取った。
 ドラムセットに座った鏑木が座る位置を調節して、ドラムセットの具合を叩いて確認する。バスドラムのドッ、ドッ、と言うリズムが体育館に響いた。手嶋がキーボードの電源を入れて、短いフレーズを繰り返し弾きながら使う音色を変えていく。青八木のベースがアンプにつながって、ぶぅんと低い弦が弾かれた。鳴子が足元に置いたエフェクターのペダルを踏み変えながら、どこかで聞いたような旋律とコード進行を奏でる。今泉も自分仕様のエフェクターを操作して、メロディアスな小節を弾いた。
 まだ演奏準備段階なのに、客席から待ちきれない歓声が飛んで来た。
 今泉はふと舞台とは反対にある、体育館の入り口に目をやった。そして、突然激しいギターソロを弾き始めた。他のメンバーが一瞬戸惑ったような顔で今泉を見て来た。バスドラムが一瞬乱れたが、それでもすぐに立て直してリズムをそのまま刻み始める。後で『よくやった、イキリ』と誉めてやろう。その前に皆の視線を顎で、とある方向へ導く。今泉のギターソロの意図が判ったのか、全員が突然アドリブのセッションを演奏し始めた。貸しスタジオでたまにお遊びでやっていたものだ。エイトビートを基本に、即興で作ったソロメロディを弾く。それを数小節ずつ担当を変えていくのだ。今泉の次は、鳴子が派手に音を歪ませたソロを弾き始める。
 生徒たちは今や全員が立ち上がって、思い思いに拳を頭上で振ったり、リズムに乗って身体を動かしたりしている。その脇を人影が舞台へ向かって走って来ていた。
 恐らく、いや、もちろん。間違いなく、坂道だった。ハアハアと息を切らせて、汗だくの練習ジャージのまま、脱いだスパイクを手に舞台へ走ってくる。その顔が自転車で走って歌ってきたと言うだけではない興奮で赤く染まっていた。
 来い! と今泉は手招いた。それに笑顔で答えて、坂道が舞台に駆け上がる。
 息の整わぬまま、坂道が「お待たせしました!」とマイクに向かって声を張り上げる。ワァッ! と大きな拍手と歓声が上がった。それと呼応するように、メンバーも激しく楽器をかき鳴らす。ドンドンドン、とドラムが拍手のように、観客を煽るように打ち鳴らされた。
「では一曲目聞いてください!」
 坂道の合図でイントロが始まる。安心したのも束の間、坂道の出だしの一音から破滅的な圧力と不快感が襲ってきた。ザワ、と客席に動揺と躊躇いが広がる。今泉達も思わず慌てて演奏が一瞬乱れた。
 今泉の心臓が不安で不整脈を起こしかける。直ってなかったのか? このまま続けるのか、それとも止めるのか? 続ければバタバタと生徒たちが倒れるのをこのまま見てなきゃならない。どうする? どうするんだ?
 だが、二小節目に移った途端、坂道の本来の歌声が戻っていた。
 ほっとした安堵で、また刹那演奏が乱れかける。だが、坂道の堂々としたボーカルが乱れることなく続いたおかげで、すぐに今泉たちも立て直し、何食わぬ顔で演奏を続けた。生徒たちは少しの間戸惑ったような顔をしていたが、演奏が続いていることに、覚えた戸惑いもすぐに忘れて、坂道たちの演奏に没頭していった。

 後夜祭が体育館で始まる。舞台上で人気投票の発表が始まろうとしていた。一位から三位までに入ったクラス、或いは部活、有志団体には賞品が用意されていると言うので、かなりの気合の入りようだった。今もその結果を興奮と緊張で待っている。
「あの猫、どうなったんだ?」
 椅子を片付けて、床に思い思いに座り込んでいる生徒たちの一隅に、今泉たちも座って居た。坂道が飛び出して行ってからの経緯をどうしても聞きたかった。結果発表などそっちのけと言わんばかりに耳だけは坂道の方へ向いていた。
「峰ヶ山を登って降りて……。ずっと『ラブ☆ヒメ』を歌ってたんだ。一期と二期のオープニングで、どっちも良い曲だから」
 坂道が記憶を辿りながら喋る。途中で、キャー! と言う発表された結果に喜ぶ声が挟まった。
「何回走ったか判らないけど、そのうち、身体全体がふっと軽くなってね。何となく、大丈夫だなって確信が湧いてきて帰ってきたんだ。間に合って本当に良かった」
 坂道はそう言って、もうそれまで何度も繰り返した「すみませんでした」と言う言葉をもう一度繰り返した。今泉はじめ、他のメンバーは「気にするな」「水臭いこといーっこなしやで!」「結果オーライ」「ホントに直しちゃうなんて、マジリスペクトッス!」「直って良かったよ」と同じ言葉を繰り返した。
 そして、おかしな伝説になりかねなかった『総北の生物災害』の危機を回避できて、今泉はほっと胸を撫で下ろしたのだった。

 そしてもう一つ。
 貸しスタジオ周辺で、「街の主」的存在感と、決して人に媚びないが戯れにモフるお情けをくれていたあの猫は、あれ以降見かけることはなかった。
 誰もがいつの間にかいなくなっちゃったね、と言う言葉に、思い当たりそうな色々な理由を乗せては寂しさを滲ませて話した。今泉たちも寂しさと、同時に人知を超えた現象を起こした存在への畏怖を感じながら、かの地へ通う日々に戻った。
 あれから、坂道の歌声がおかしくなることはない。

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