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DEFORMER 15 ―― Unchangeable 編

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DEFORMER 15 ――Unchangeable編


「アーチャー」
 優しくかけられた声に、やっとのことで顔を上げた。
「ごめんな、アーチャー。アーチャーを悩ませて。一人で抱えることじゃないのに、俺、自分のことばっかりで……。いや、うん、きっと、目を逸らせておきたかったんだ、俺は」
「目を、逸らす?」
 予想に反し、私の情けない状態に呆れてもいない士郎の思いもかけない言葉を聞いて、私は怪訝な顔をしたのだろう、士郎はすまなさそうに眉を下げている。
「俺たちの関係が普通じゃないってことを、俺はたぶんわかっていて、その話題を避けようとしていたと思う。無意識だったけど……。
 棚上げにしちゃいけないことだったのに。アーチャーときちんと話し合わなきゃならないことだったのに……っ!」
「…………」
 士郎は悔しげに、押し殺した声で吐露した。いったい何がどうして、士郎はこんな顔をして憤っているのだろう。士郎には、なんら責任はない。ただ私がどうしようもないだけで……。
「士郎が謝ることでは――」
「俺がアーチャーにずっといてほしいって言ったんだから、アーチャーは俺の我が儘に巻き込まれたようなものだろ?」
 そういう単純なことだけではないと思うのだが……。
「だから、俺はきちんと言うべきだった。サーヴァントであっても、人なんかじゃなくても、俺はアーチャーにずっと傍にいてほしいんだって」
「士郎……」
 真っ直ぐな瞳は、私だけを映している。嘘偽りのないその眼差しは、私の胸に重くのしかかる、“人と隔たった存在である”という定義をあっさりと凌駕していく。
 瞼を下ろした。
 その瞳はあまりにも眩しく、尊いもので直視に耐えない。
「アーチャー? あ、あの、ごめん、口先だけみたいに聞こえるかもしれないけど、俺はほんとにそう思ってるんだ。だから、」
「ああ、わかっている」
「え?」
「少し、眩しくてな……」
「まぶ、し、い?」
「士郎の真っ直ぐな想いが、もったいないくらいに私のようなモノに注がれていると思うと……」
「も、もったいなくなんてない! もったいないのはアーチャーの方だろ! 英霊なんていうすごい存在のクセに、俺の我が儘に付き合って! ほんとなら、アーチャーは守護者として座に還らないといけないのに、俺がずっと引き留めているんだから……、こんなもったいない話なんて、ないじゃないか……」
 やはり悔しげにそうこぼした士郎は、琥珀色の瞳を滲ませ、涙の粒を数滴畳に落とした。
「士郎……。私はいつも、お前を泣かせてしまうな……」
「ぅ、泣いて、ない」
「そんな、ばればれの嘘を――」
「泣いてないって! 泣いてるのは、アーチャーの方だろ!」
「は?」
 明らかに、士郎の方だが……。
 どんな強がりだ、まったく。目で見てわかるというのに、いったい何を言っているのかこいつは……。
「涙なんか見せなくても、アーチャーは泣いてる。ここが、痛くて苦しいだろ?」
 そっと私の胸元に片手を当てて、士郎は小首を傾けて訊いてくる。
 痛くて、苦しい……?
 そうなのだろうか?
 私は、士郎が言う通り、泣いているのだろうか?
「……私が泣いている、としたら、……士郎はどうする?」
「慰めるよ」
「どうやっ――」
「こうやって」
 私の頭をその胸に抱き込み、膝立ちになった士郎はそっと背中を撫でてくれる。
「大丈夫だよ、アーチャー。一人で抱え込むことじゃないから。俺も一緒に悩む。それで、答えを探そう?」
 これは士郎の優しさなのだろうか。
 だが、同情というようなものではないと思う。では、なんと呼べばいいのだろう、この、士郎の私へ対するすべての想いや行動を。
 すぐに答えが見つからない。こういうものではないか、という漠然としたものはあるが、それはやはり士郎と答え合わせをするべきなのだろう。
「アーチャー?」
 私が返事をしないからか不安そうな声で士郎は呼びかける。
「ああ、そうだな。そうしよう……」
 士郎の胸に顔を埋め、瞼を下ろして頷いた。
「……一緒に悩んで、士郎と答えを出す」
 その言葉はまるで、新たな一歩を踏み出す恋人たちの約束事のようで……甘い感じがした。

 コトコトと鍋が小さな音を立てている。そろそろ火を止めようか、と伸ばした手でコンロのスイッチに触れては、思い出したように顔が熱くなり、コンロに伸ばしていた手で口元を覆う。
 先ほどから何度、同じ動きを繰り返しているのか私は……。
 何やらふわふわとして、覚束ない感覚で台所に立っている。
 士郎は少し前に風呂に行った。私はといえば、士郎が風呂に入っている間に明日の朝食の仕込みを終わらせようとしている。特に待っていてくれとも、待っているとも約束したわけではない。
 ただ、いつもよりも手際が悪くて、仕込みに時間がかかっている。とっくにみそ汁の具である野菜には火が通っているというのに、まごついていた。
「アーチャ、あ、まだ、終わんないか……」
 気配にすら気づかなかった背後からの声に振り返り、すぐに終わらせる旨を伝えると、途端に私の身体はいつも以上の処理速度で仕込みを終わらせていく。
 さっきまでの体たらくはいったいなんだったのか……。
「あれ? なんか、もうすぐ終わりそう?」
「そ、そう……だな」
「じゃあ、待ってるよ」
 冷蔵庫から白湯を取り出して飲み、使ったコップを洗い終え、居間に行くと思っていた士郎は、ぴたり、と寄り添うように私と並んだ。
「し、士郎?」
 思わず声が上ずってしまう。
「邪魔?」
「い、いや、そうではないが、」
「なら、いいだろ」
 呟く士郎は、特に手伝うわけでもなく、ただ私の傍らにいる。風呂上りだからだろう、熱いくらいの温もりが腕をじわじわとあたためていく。
(やはり、不安にさせてしまったのだろうな……)
 士郎は私が座に還ろうとしていると勘ぐっているのかもしれない。人ではないと何度も繰り返してしまった手前、そんな不安に苛まれるのは当然のことだろう。
 ならば、伝えておかなければならない。私が今、どんな心づもりでいるのかを。
「士郎、私は、還りたいとは思わない」
「え……?」
 見上げた気配を感じ取ったが、士郎の真っ直ぐな瞳を見ることはできず、正面を向いたままでいる。士郎は私を見上げたまま、言葉もないようだ。
 絶句するのは無理もない。
 私はエミヤシロウの理想を突き詰めて、その果てに至ったモノだ。その結果が、この英霊とは名ばかりの守護者なるもの。
 士郎が理想とした英霊である私が存在する基盤となる座に還りたくない、とは、衛宮士郎にとっては晴天の霹靂どころではないはずだ。
「すまない」
「え? な、なんで、謝るんだよ?」
「私は、お前が理想を重ね見る存在であるというのに、その理想を否定しているようなものだろう。座に還りたくない、などと言われては、お前は何を理想とすればいいのかと思……」
 言いかけた自身の言葉に思わず苦笑いが漏れ、呆れてため息もこぼしてしまった。
 士郎はもう、以前と同じ理想を追うことはできない。私と同じ道を歩むことはできなくはないだろうが、私以上に厳しい道のりになるはずだ。