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DEFORMER 15 ―― Unchangeable 編

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 貧相な身体なんだからテクニックで、と意気込んでいたのは、やっぱり俺がコドモだったからだ。今はアーチャーのことを愛しいと思っていれば、存外うまくいくことがほとんどだ。
(俺もオトナになったのかなぁ……)
 そのうちアーチャーに訊いてみよう。俺はアーチャーがぞっこん惚れるようなオトナになったのか、って。



***

 大型犬のリードを持ち、士郎は少し前を歩く。飼い主に連れられているわけではないというのに、二匹の大型犬は行儀よく並び、吠えることもせず、リードを無理に引くこともない。
 よく躾けられた犬の散歩は楽でいい。ただ、大型犬であるために運動量が必要になり、二時間近くは散歩に費やさなければならないが。
(だが、まあ……)
 うららかな春の日。
 桜は散ってしまったが、寒さは温み、新緑が眩しく、陽射しはややきついが過ごしやすい季節。
 そんな中を士郎と二人で、犬を連れて散歩とは、私には贅沢な時間なのかもしれない。
「アーチャー、前にさ、」
 不意に士郎が振り向いた。
「なんだ?」
「うん、前に、雨の後は大気が透明に見えるって、言ってただろ?」
「ああ、言ったな」
「じゃあさ、今は?」
「今?」
「そ。今、この、晴れた日の朝は、どんな感じに見える?」
「今、か……」
 急にそんなことを訊かれても、どう答えればいいものか。
「なんにも変化って、ないか?」
「何も、ということはない」
「例えば、どんな?」
「そうだな……、強いて言うなら、眩しい、と」
「ん? 眩しい?」
「ああ」
「えっと……、陽射しがキツくなってきたってこと? それとも、紫外線とか、か?」
 立ち止まった士郎に追いつき、並んだ私を見上げる士郎は眉根を寄せて首を傾げている。
「確かに、カラリと乾燥した空気で陽射しも強くなった。紫外線も強くなっていることだろう。したがって、物理的に眩しいのだが、それよりも、私には肩を並べて歩く者がいるのでな。その者が、眩しくてたまらない」
「…………」
 絶句、というのだろうか。
 喉に何かを詰まらせたような顔をして、次第に真っ赤に染まっていく士郎の顔はけっこう見ものだ。
「そ、そゆこと、こ、こんなところで、言うなよな……」
 尻すぼみに小さくなっていく声を発しながら、正面に顔を戻し、照れ臭さからの仏頂面を隠しもしない。いや、両手にリードを持っているため、どうにもできない、というのが正解か。
「士郎がいるだけで、私は、何よりも眩しい時間を過ごしている」
「も、もー……」
「言わせたのは士郎だ」
 少し拗ねたように言えば、士郎は顔を上げ、私を見つめる。
「俺も、」
「士郎も?」
「アーチャーが、眩しいよ!」
 一点の曇りもなく、それこそ眩しいくらいの、屈託のないその笑顔は、私の記憶に焼きついた。
(永遠に続く私の運命の中で、一等輝く記憶として、この心に残る……)
 この先にも、まだまだ士郎と紡ぐ記憶が残っていく……。
 それが楽しみで仕方がない。
 こういう一瞬一瞬に、私は士郎とともにこの世界に生きているのだと実感している。
(仮初めの肉体ではあるが、士郎とともに生きられる。こんな幸福があったのか)
 いや、こんなに幸せでいいの……か?
 私は、死後を明け渡した存在だ。
 それが、どうだ。
 今、私は、人のように幸福だと感じることができている。
 不思議なものだ。生前も、そのあとも、幸福など求めたためしなどなく、感じたこともない。
 そんな私が自身の過去と出会い、救われて、なおかつ幸福感まで受け取っているとは、少し笑えてきてしまう。
「アーチャー? どうしたんだ?」
 急に笑いはじめた私を、士郎が不思議そうな顔で訊く。
「ああ。楽しい、と思っていただけだ」
 目を丸くしていた士郎が、やがて、ふ、と微笑(わら)う。それも、やはり一等眩しい笑みで……。
「そっか。なら、よかった」
 再び歩きはじめた士郎と肩を並べて、煌めく世界を感じている。この瞬間も記憶から失せることはないだろう。
 ああ、本当につくづく思う。
 ――――私は幸せを噛みしめているのだ、と。


                                         〈おわり〉

DEFORMER 15 ――Unchangeable編  了(2020/7/27)