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清川@ついった!
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アイスクリーム・マジック

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夜の闇で湿った足元に視線を落としながら三郎は歩いている。夜の静かさの中で足音が響く。等間隔で光る街灯が、スポットライトの様に、不完全に斑な光で三郎の背中を照らした。ダウンジャケットのポケットの中で二つ折りの携帯を意味も無く。二度、開閉させた。
アパートメントを出て左に折れる、下り道だった。誰に誘導される訳でもなく。次から次に足が進む。坂を降りきった所にあるコンビニのライトは、不自然に夜の闇を照らしていた。
坂を下って行くと潮の香りが濃くなる。波の音が途切れ途切れに聞こえた。水分を含んだ浜風は冷たかったが、独特の感触を三郎の肌に残す。
車が一台、三郎とすれ違った。正面からの強い光が、視界いっぱいに広がって、何も見えなくなった。すれ違い様に、若い男の、ヒステリックな怒鳴り声が聞こえた。三郎は、その声に見向きさへもしない。男は、乱暴にアクセルを踏むと篭った熱を帯びた車の空気が肌に触れた。熱の揺れる感触とエンジン音が遠ざかっていった。市街地の闇は、何も無かったかの様に、全ての音を包んで、消してしまった。目が、ちかちかする。瞬きを何度か繰り返すと、先ほどまで、暗闇に慣れていた目は、また朧げな視界に戻ってしまった。街灯は、続いている。

三郎は、コンビ二の前に着くと、すぐに入らずに、ポケットから携帯を取り出した。それから、ボタンを数回押す。耳を付けたらメタリック素材の携帯が耳に当たって冷たかった。
三度目のコールの後のざわめき。辺りには潮の匂いが満ちている。肺の奥まで大き吸ったら、胃の辺りにべたべたした潮の味が残る。気持ちが悪い。
「…雷蔵、」
自分でも信じられないくらい掠れた声だった。君にだけは知られたくない。腹の底が、あっさりと見えてしまう様な。頭を倒すと、切ったばかりの髪が、瞼の上に当たって痛い。
「三郎、何かあった?」
心配した雷蔵の後ろで、知らない男の声が聞こえる。騒がしい電話の中と対照的な静けさが、三郎の胸を満たして行く。溺れてしまいそうだった。
「何にも無い。ただ、アイスが、」
「…ん?アイス?」
「アイス食べに来ないかな~って思っただけ」
自分でも何故アイスなのか、肩から力が抜ける。もっと、なんかこうあっただろうに、
「三郎の家に?もう終電ないしここから電車でそっちまで、30分はかかるけど」
「だよな。残念ながら俺も意味がわからない。」
「なんだよそれ。訳が分かんないよ。」
ざわめきの中で雷蔵の途切れ途切れの声がした。困った様に笑う雷蔵の顔が浮かんだ。期待をしていたのかもしれない。自惚れていた自分が酷く恥ずかしかった。
「やっぱり、いい。何でもない。」
ほとんど衝動と言っても良い。勢いで電話して、三郎はその後に返ってくる物を全くと言って考えていなかった。雷蔵の短い声が聞こえたが、三郎はそのまま電話を切った。また、静かになる。携帯を閉ざすと、赤い光で01:03の文字が浮き上がっていた。三郎は、電話した事を後悔した。疲労感と虚無感が電話する前よりもずっと、酷くなるばかりだった。

それでも、三郎はコンビニでアイスを二つ買った。
人工的に作られた、眩しい場所から放り出されて、迷子の様な気分だった。海の音が聞こえる。暖かい室内で火照った体は急に冷えて、三郎は身震いをした。
それから、今度は足早にアパートに向かった。下りの時よりも足は重かったが、気にせず歩く。ビニール袋の擦れ合う音が、耳障りだ。叫びたい衝動を抑えて、三郎はほぼ走っていると言っていい程の早さで坂を上った。
どこに行けば良いか分からないから、アパートに向かう。乱雑に扉を開ける。灯りも付けずに、机の上にコンビニのビニールを投げた。ベッドに向かう途中で、脛を机にぶつけた。痛みに思わずしゃがみ込むと、体の至る所に、散らかした物が当たった。
痛みが治まると、三郎は、そのままベッドの上に倒れ込んだ。それから、俺は何をしたかったのだろうと、思う。机の上に袋と放り投げた携帯が光った。01:30になった知らせだった。短い呼吸を繰り返えす。胸が苦しかった。全力疾走なんて、いつぶりだっただろう。少なくともここ数年じゃあ、無いだろう。急に運動したので、頭が締め付けられた様に痛かった。痛みの中、目を瞑る。朝は、まだ来ない。心地よい疲労感に包まれながら、深く眠った。

呼び鈴の音で、三郎は目覚めた。部屋の中は薄暗いが、何が何であるかを認識出来るぐらいの明るさは、まだあった。部屋は、昨日自分が荒らしたせいで更に雑然としていた。しつこく鳴る呼び鈴に半ば独り言の様に、相づちを打ちながら、三郎は器用に僅かに残る床に足をつけて歩いて行った。
「アイス食べに来たんだけど。どこ」
三郎が、扉を開ける。寒さで赤くなった頬の雷蔵が白い息を吐きながら、走って来たのだろか。勢いそのままで、中に入って来た。酒とタバコの混じった匂いがする。ハチミツ色の髪が、朝の青い色彩に染まって、綺麗な色をしていた。雷蔵の後ろで大きな音を立てて扉がしまった。温くなった部屋の中に突然入っていた冷気で、三郎は目が覚めた。
「そこ」
三郎は、その勢いに幾分か気圧されながら、部屋の中の机の上を指して言った。その言葉を聞くと、雷蔵は靴を放り投げて部屋の中へ向かった。勢いとは裏腹に、足元は覚束ない。道の途中に有る物を悉く倒して行く。
「酔ってるだろう。」
「酔ってない。」
三郎と視線を合わせずにムキになった声で雷蔵は答えた。
薄暗い部屋の中で雷蔵は、机の前に正座していた。カップ型のアイスを一つ掴む。バニラ味だった。フタを取ると、雷蔵は眉を顰めた。
「ねえ、これ溶けてるよ」
と言って拗ねた目を三郎に向けた。白い息が溢れている。木のスプーンで上手く掬えない。雷蔵は暫く、ぽたぽた、と幾つもの滴を零しながら口に含んでいたが、それも面倒になったのか、コップの様にカップのアイスを飲み干してしまった。三郎は、部屋の入り口でその様子を見ていた。
食べ終えた。雷蔵が、二つ目のイチゴ味のアイスのフタを開けた。ビニールの擦れ合う音がする。
「寂しかったんでしょ」
「別に、」
雷蔵は悪戯っぽい目だけを三郎に向けた。自分の心理を当てられた事に、三郎は、何とも言えない居心地の悪さを感じていた。そして、雷蔵がここに居る安堵をどう表現したら良いのか三郎には分からない。普段は、驚く程、鈍感なのに、どうしてこう言うときにだけ勘がこうも働くのだろう。
三郎は暫く黙っていた。雷蔵は、また飲む様な仕草でアイスをほおばっている。三郎は黙ってその仕草を見つめていた。少し眉を顰めて、そう言う所が大雑把なんだよな、と思った。
不意に、玄関で、新聞がポストに落ちる音がした。鉄のポストの中に重い朝刊が落ちる。あまりの音の大きさに三郎と、雷蔵は玄関の方に目をやった。さっきまで聞こえなかった足音が遠ざかって行く。
暫く、二人は玄関を見つめていた。どれぐらい時間がたったのだろう。角の家まで配り終えた配達員の横切るシルエットが、台所の窓に浮かんだ頃に、雷蔵が可笑しそうに肩を揺らした。
「何驚いてんのさ、」
「そっちこそ」
「いや、何かやましい事を考えていただろう」
「まさか、」