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【弱ペダ】Honey Bunny

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 荒北は思わず殺気を放ちながら聞いた。確かに昨年の大学祭でウサギの耳をつけたメイドの格好をさせられた。未だにそれが自転車競技部の出し物だったのかどこかの部活と合同だったのか、判らないままだ。先輩に朝九時までに大学のどこそこ教室に来い、と言われたのに従っただけが、気が付いたら有無を言わさずに着替えさせられた挙句、勝手にシフトが組まれていて、カフェ風に飾り付けられたどこぞの教室で、給仕させられていたのだ。それがまた誰の趣味なのか不明なことに、異装コスプレがテーマだったらしく、荒北はミニスカメイドだったという訳だ。
 明らかに自転車競技では見たことのない女子大生たちが衣装の指示をしていたのだが、風抵抗を失くすためにすね毛が綺麗に処理された荒北の足を見て、これはある意味洒落にならん、とフリルがついたガーターストッキングを宛がったのだが、そもそもが女装が洒落になってないと未だに納得が行っていない。まぁ、金城と街宮も女装させられていたので、自分だけじゃなくてよかったと思ったのだが。
 学祭が行われていた二日間、ほとんど自分の時間が取れないようなシフトが組まれていたことと、メイドの格好をさせられていると言うことを言い出せず、洋南の学祭に遊びに来たがどこにいるのか、という新開たちの問いに、忙しいから、とだけ返事をして逃げ回っていたのだった。
 そこで荒北の格好は封印されたはずだった。
「金城くんだよ。寿一が連絡をとったんだ」
「き……っ! 金城ォ……!」
 新開の答えに、口止めをしなかった自分の迂闊さを激しく呪う。
「遠目だったけど、ちらっと靖友の姿も見たぜ。あれでも良かったんだけどな」
 にこやかな笑顔と口調に苛立って睨み付けたが、思わず言葉を失う。新開の目が笑っていなかった。先ほどとはちょっと違う情欲に塗れた目で、見返してしまうと囚われてしまいそうだ。バニーの衣装を着た自分を、新開のその目で見られると思うと、先ほどまで受け入れていた身体が重甘く疼いた。
 ――ったく、こんな……――!
「やすとも」
 新開が少し掠れた声で自分の名前を呼ぶ。お願い、とも言われていないのに、その呼びかけだけで何を言いたいか判ってしまう。その甘い調子に紛れた毒が、自分の体を侵して痺れて行くような気がした。
「チッ、今回だけだかんなァ!」
 荒北はまたしても精一杯の去勢を張って、自分の身体がどうなっているのかを押し隠した。

 昼近くになって、ふと目が覚めた。
 バニーの格好を披露してからは、ちょっと言葉にするのも憚られるような倒錯した行為の挙句、ぐずぐずに鳴かされて気を失うように眠りに落ちた。
 カーテンの隙間から洩れる明るさから、もう随分と陽が高いのが判る。
 隣を見れば、自分を腕の中に抱え込むようにして寝ている新開の顔が間近にある。
 なにやらむにゃむにゃと呟いた後、もぐもぐと口が動いたと思うと、エヘヘ、とニヤケ顔をした。その顔と昨晩の新開の顔との落差が凄くて、思わず荒北は吹き出してしまう。その身動ぎで目が覚めたらしい。
「ぅん……?」
 一言そんな声を洩らして、新開はぼへぇとした目で荒北ではない何かを見ていた。
 その少し間の抜けた顔が、たまらなく愛おしい。自転車に乗って競っている時の顔も、靖友を翻弄している時の顔も。いや、どんな時だって荒北を引き付けて離さない。だが、寝起きのまだ寝ぼけている顔は、そのどれとも違う。二人で居ることを実感させてくれる、甘ったるいような幸せを感じさせる顔だった。
 ――柄じゃねーけどォ!
 それでも、まだ夢と現の間に居るような無防備な顔が、そんな顔を見られる瞬間が好きだと感じる。
 ふぅん、と溜息のような声を洩らしたと思うと、新開がうん、と伸びをして一つ大きな欠伸をした。そして、今度こそ覚醒した顔で荒北を見た。
「おはよう、靖友」
「おぅ。オハヨ」
 そして、荒北は柄じゃねぇ! と自分が覚えた喜悦にむず痒くなりながら、やすとも、なんて優しく囁いて口付けてくる新開に応えたのだった。

-- end
作品名:【弱ペダ】Honey Bunny 作家名:せんり