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清川@ついった!
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手を振るときは、さりげなく

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人のざわめきの中に立っている。大きな都市のスクランブル交差点と呼ばれるその場所は、いつも人並みが耐えない。途切れるのは赤信号の時だけだ。
点滅を繰り返す縦長の信号は、三郎が渡ろうとする少し前に点滅して赤に変わってしまった。ヘッドフォンをして、まだ青に変わらない信号機を三郎は睨む。
2月の風は肌を刺すように冷たい。ヘッドフォンと、首に巻いた濃いグレイのマフラーの隙間を滑り込むように入った冷たい空気に、ひとつ身震いをした。
曇り空で太陽の暖かさは期待できなかった。体をめいっぱい縮めて、ダウンジャケットのポケットから煙草を取り出す。口で銜えてしばらく火もつけずに、道路側の信号を睨んだ。まだ、信号は変わりそうな気配は無かった。
風が強くなり始めている。急に顔に触れる風の勢いに三郎は一瞬だけ目を強く閉じた。ちくちくと冷たい空気が瞼の薄い皮膚を刺す。
暖を取ろうと思い、煙草に火を付けて煙を吐く。赤く灯った火のささやか過ぎる程の暖かさはかじかむ指先の感覚さえ、元に戻してはくれなかった。息を吐き出せば薄い灰の煙の後に、追う様に吐き出された自分の白い息が浮かんで消えた。
鼻の頭を擦る、少し低めの鼻。そこから、少し浮いた所に指を泳がせて、雷蔵はもっと鼻が高かったなと思った。私も高かったなあ、今はこんなにのっぺりしてしまったよ。誰に言う訳でもなく三郎は、喉の奥で繰り返す。いや、元は低かったのだ。それを無理矢理高くしていたに過ぎないのだけれど。
耳障りな音がヘッドフォン越しにザリザリと三郎の耳の奥を擦り続けている。雑踏の中の音は嫌いだ。濁り合った音ばかりが耳に届く小さいささやきの様な声が混ざり合って、誰が何を話しているのか分からなくなるから。三郎はふと、視線をあげた先に大学の友人が居るのに気づいた。デートの様であった。頬を揺るめてばかりの友人の安易に想像出来る会話を思い浮かべて、先ほどから聞いているのか聞いていないのか分からない程、小さく流していた音楽の音を最大限ぎりぎりまであげて三郎は目を閉じた。あと、どれぐらいだ。ここの信号はもう暫く動かない。

昔から、不思議に知らない記憶があった。知らないと言うのは、確実に記憶はあるのだが、今現在の三郎が体験した事の無い記憶だった。
年を重ねるごとに鮮明に見えるその思い出達が果たして自分の想像上の物なのか、それとも、本当に前世の記憶なのかはよくわからなかったが、良く出来ている。だから、三郎はそれを知らない記憶と読んだ。経験した事の無い思い出と、
時折、三郎は考える。自分が、輪廻転生して何らかの事情で記憶を持って生まれて来てしまったのだと。そう考えれば考える程、過去の記憶は色彩を濃くし、三郎の頭の中での会話は鮮明さを更に増して聞こえてくるのだった。
三郎のお気に入りの記憶、それは大抵雷蔵という青年が出てくる記憶で、大抵三郎は口の端を歪めながら、目を細めている。暖かい日の中で、笑い合う。
記憶の中で雷蔵と呼ばれた青年は、大きな目を力なく細めて、ただでさえ下がり気味についた眉を下げて困った様な顔で笑う。三郎は、その顔を模した自分の顔でその笑い方を真似してみたが、どうしても不敵な、または意地の悪い笑みになってしまうので、ついに友人からは「あの二人の見分け方は笑い方だよ」と冗談めかして言われる様にまでなってしまった。
記憶は虫食いの様にところどころ朧げで頼りない。しかしじっと目をこらせば、五感に、記憶の断片が触れて、はっきりと三郎は思い出す。

二人は若い青年の顔をしている。二十歳ぐらいだろうか。
夏の暑い日で、嫌に喉が渇いていた。冷えた西瓜の切身から三郎は種を器用に掬って雷蔵の話を聞いている。指先がべたべたしたが、雷蔵が用意した手ぬぐいで拭って、種の無くなった穴だらけの西瓜を食べた。雷蔵は、既に半分以上を食べていて器用に、種だけを皿の上に落として行く。雨が陶器を叩く様なくぐもった音を立てながら、三郎の赤い汁の中に浮かんだ種の中に、雷蔵は種を吐き出し続けた。

それで、何の話だったっけ?輪廻転生の話。ああそうだ、三郎お前は輪廻を信じる?信じないな。あったとしても、雷蔵は私を見つけられないだろう。どうして、雷蔵は私の顔を知らないだろう。…見せてよ。ん、なら今見せてよ。
雷蔵の口元に、西瓜の種がホクロの様に付いている。三郎は、指を伸ばして、種を取ってやった。ぴちょん、と種を落とした水音が小さく響いて消えて行く。…三郎の顔。僕、覚えるからさ。目が合った。どことなく、悪戯っぽい笑みを浮かべる雷蔵は少し、気味が悪い。ねえってば、三郎。…いや、覚えられないさ、きっと。どうしてそう言う事を言うんだ。やってみなくちゃ分からないだろう。それに、僕の記憶力はお前が思っている程悪くないよ。そう言う問題じゃない。だって私は雷蔵に素顔を見せないもの。雷蔵だけじゃない。全員に、だ。じゃあ、僕を三郎の素顔を見た最初で最後の男にしてよ。雷蔵…私の話聞いてたか。聞いていたさ。だから、私は…頼むよ。もし、生まれ変わって、僕が三郎に会ったとして三郎だけが僕が誰だか分かってしまうのは狡いよ。公平じゃない。公平じゃないと来たか。うん。三郎だけだなんて、狡い。三郎は、目を伏せて、赤い汁の中に沈んだ白と黒の種を見つめている。
食べ終わった西瓜の皮を元ある容器の中に置いて、汁気の残る指先を雷蔵は三郎の頬に当てた。三郎は何も言えずに、西瓜を持った手を膝の上に置いたまま、雷蔵の指先を拒まず、じっと目の前の前の雷蔵の大きな目を見つめていた。むきになった子供の様な目を三郎に向けている。
顎の辺りに爪が立つ、皮の部分が僅かに剥がれて、少しだけ空気が滑りこんだ。日頃からうるさいと思っている獅子脅しの音はどこかに消えてしまったみたいに静かで、皮のゆっくり剥がれる音がやけに耳につくのだった。西日が眩しくて三郎は目を細める。気持ち良さそうに喉を撫でられる猫の様な心地良さそうな顔に見えるが、冷たい目が、細められて瞼の奥で光っている。雷蔵が爪を立てて擦る度に、隙間が広がってゆく。下にある顔の皮膚が見えるか否かの僅かな間に三郎は身を捩った。雷蔵から離れる。三郎は、困った様に笑った。自分でもその顔が、雷蔵の笑顔に似ていると、顔は見る事が出来なかったが、そう確信した。
「声、掛けるよ。それでいいだろ。」
「僕は驚いて返事出来ないだろうなあ、」
「はは、じゃあ、気づいたら手を振ってよ」
こう言う風に、と三郎はひらひらと、雷蔵の前で手を振ってみせた。雷蔵がそれを真似て三郎に大きく手を振る。
「そんなの町中でやられたら恥ずかしいから小さく振ってくれ」
「駄目だよ。小さかったら三郎が気づかないもの」
西日に成り始めた日が部屋いったいを射して眩しい。雷蔵がいつまでも三郎に向かって手を降り続けるので、三郎は「まだお別れの時間じゃないだろ」と言って食べ残った西瓜にかぶりついた。

三郎は瞳を上げて、信号機を見ると、点滅を繰り返していた。それから、間を置かずに向こう岸にある歩行者用の信号が青へと変わった。人工的な、鳥の鳴き声と共に歩き出す。気の早い奴はもう既に渡り始めていた。