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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』前編(上)

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「その頃のバリツと面識はあったのか?」
「私が赤子の頃に会ったことがあるそうだが、それ以降は初対面だ。だから当時の私も、相当警戒したし、反発したようだ。それでも彼は、忍耐強く私に付き添い、育ててくれた」
「いい人じゃねえか」

 笑顔で頷く斉藤にバリツも笑みを返す。

「そして、考古学の先達である彼は、私を学校に通わせてくれると共に、長期休みには世界中の調査に同行させてくれたんだ。私は外国語が下手だったから、都度彼の通訳を受けながらね」
「それがバリツ・バートンライトの原点、ってわけだな」
「まあ、もっとも私が本格的に冒険家教授としてのキャリアをスタートしたのは、大学を出てからだったが……」

「そういえば――」バニラが疑問を投げかける。
「ラム教授は最後の発見を機に引退して、人知れず旅に出たって話だったよね?」

「ああ。本当に唐突な引退だったよ」
「んー……そういえば、それについてはインタビューの時詳しく聞きそびれてたね」
「悪い思い出じゃないって、ちらっと話してたよな。どういうことだ?」

 二人の疑問を受けて、バリツの脳裏に、とある日の記憶が蘇る。 
 オーストラリアのメルボルンの病院。
 窓からキラキラと漏れる朝日。
歯をニカリと見せて語る、笑顔のラム・おじさん。

「――今話そう。それはだね……」

「これが小さい頃のあなたですか、バリツ・バートンライト」

 突然、バリツの背後から声が聞こえた。

「ん?」
「うおお! びっくりしたぜ! 嬢ちゃん!!!」

 じょ、嬢ちゃん?
 目を大きく開いたバニラと、狼狽する斉藤の姿を前に、どきりとしたバリツは振りかえる。
 目の前には見慣れた壁。
 ……ではなく、視線を落とすと、すぐ真後ろに、身長140センチ程の少女の後ろ姿。
 白いフリルつきの、黒いゴシック・アンド・ロリータ風ファッション。
 仄かな明りに煌く、銀の長髪。

(げーっ、アシュラフ君!?)

 彼女こそが、アシュラフ・ビント・へサーム。
バリツもよくわからない何かを信仰し、「邪教殺すべし」の独自理論のもと、手品のように拳銃を取り出し、ことある毎に水鉄砲のように惜しげなく撃ちまくる。そして、バリツの邸宅に入り込み、ある時は部屋に爆弾を仕掛け、ある時は執務室のドアを蹴破り。先日に至っては、キッチンを二度に渡り爆破する。そして都度、食事やお菓子を物色しては立ち去っていく。

 そんなトンデモ狂信美少女だった。

(なんで!? いつの間に!? というか、戻ってきたの!?)

疑問はつきない。飛び退きたい気持ちも否めなかった。
だが、下手に刺激したくないという恐れから、思わず固まってしまう。

気づけば真後ろにいた彼女と自分との距離は、少しの身動ぎで、容易に肌と肌が触れあえるほどの距離。あえて文化人類学的に言うならば、密接距離の近接相。

だが、ふだんの行いを嫌というほど知るバリツにとって、人食い虎が突然真隣に現れた心持ちだった。いきなり片手でデザートイーグルをぶっぱなし、溢れる銃器で大道芸を始める人食い虎だ。

そしてそんな人食い虎は今、写真額を手にし、じっと眺めている。

(何を考えているのだろう……?)

少しだけ距離をとり、恐る恐る横に回り込むと、何かをもぐもぐと咀嚼しているではないか。

「あの……アシュラフ君? どっかに行ったんじゃなかったの?」
「天井裏から戻ってきました」

 小さな口で咀嚼を続ける彼女の口元をよくみると、クッキーの粉。ああ、そういうことか。さらばだ私のお気に入り。
 ため息をつくと、すべてを諦めきった心持ちで問いかける。

「おいしかったでしょ……そのチョコクッキー」
「キッチンの爆炎で炙ればなお良くなることでしょう」
「オーブンでチンの感覚でキッチンを爆破しないでくれたまえ、アシュラフ君……ってか君、天井裏から戻ってきたって言ってたけど、まさか、屋根側の通気口ぶちぬいちゃった?」
「知りません。なんか柵っぽいのが邪魔だったので蹴破りましたけど」
「やっちまったな君……」

 呆れながらため息をついたバリツは、ふとアシュラフの様子がいつもと異なることに気づいた。

 彼女のその小さな、整った顔立ち。あどけない唇。
 金色の瞳孔は大きく広がり、バリツがこれまで見たことのない様相を見せている。
――『興味』だ。
ここまで何かを興味深げに見る姿が、今まであっただろうか?

(ここにタン君がいたならば、「アシュラフちゃん、小さい頃の所長に興味津々やんけ?」などと口を挟んだことだろうな)
バリツは腕を組み、その図をイメージする。
(まあその場合、彼がまたスネを蹴られるなり罵倒されるなりの図が容易に浮かぶけどネ……)

 にしても、ここまで彼女が自身の写真に興味を抱くとは――。
 思わず見つめてしまっていたバリツは、偶然、その変化を捉えた。

「……ッ?!」 

彼女は眼を下にそらし、眉を寄せた。ほんの刹那の合間だけ。
 まるで急激な頭痛に襲われたかのように。
彼女らしくない表情だった。

「あ……アシュラフ君?」

 だが。
「は? なんですか変態教授」顔を上げ、こちらを向いた彼女はいつも通りだ。
やけに不機嫌そうだが。

「大丈夫か? どこか具合でも――」
「あなたの方がよっぽど大丈夫じゃないでしょう邪教徒」
「いやいや、ちょっと――」

 ふと見やると、ことを見守るバニラと斉藤が、なにやらじーっとバリツを見つめている。
 バニラは何か事情があると察している様子だが、斉藤の目は明らかに意味深だった。

(これは……端から見ると、アラサーが年端もいかない女の子に言い寄っているような図なのかしら……)

「あー……」気まずさを覚えながら、繕うように問う。
「……そういえば、何しに、戻ってきたんだい?」

「忘れ物を取りにきただけのことです」
 彼女はぷいとそっぽを向くと、写真額をそっとタンスの上に置き、入れ替わりに、置き放っていた一組の金属棒をさっとひったくった。

「では今度こそごきげんよう。邪教徒の皆さん」

 立ち尽くす男たちを振り返ることもなく告げると、てくてくと壁の大穴へと歩き出す。
まるで斉藤が来る前の状況の巻き戻しだ。口には出さないし、出せなかったが。バリツは呆然として、その後ろ姿を見守る他なかった。

 だが。


――ふふふ。


それは突然の異変だった。
バリツは固まった。
 聞き間違いだろうか?
 まるで、脳に直接囁かれたかのような――どこかで聞いた覚えのある、小さな笑い声。

(今のは――?)

 バリツの視線はふと、大穴へと向かうアシュラフへと向けられた。
きらめく銀髪。スリムな黒衣。

 その姿に――透き通る何者かの像が重なったのだ。

 黒衣の小さな少女とは異なる、一人の少女の姿が。

 赤毛のショートカット。淡々と歩くアシュラフと違って――まるで陽気な歌を一人囁くかのように、肩を小さく弾ませて歩くその背中。

 アシュラフは依然として歩みを止めていない。
 だが、重なる像は立ち止まり、バリツへと振り向いた。

 刹那の合間、バリツは少女と向かい合った。

(なん、だ……?)