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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』前編(上)

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 あれは、10年ほど前。オーストラリアのメルボルンに滞在していた頃。
 自分とは別行動で、北海の探索を行っていたラムおじさんが、最後の発見を――『大盾』の発見を成し遂げた直後。

階段から転げ落ちて、意識を失っていたらしい自分が、ベッドで目覚めてまもなく、ラムから唐突に引退を告げられた時の思い出。

『まあ、非常に唐突だが――』窓からキラキラと漏れる朝日の中、固眼鏡のおじさんは歯をニカリと見せて、語ったのだ。
『そういうことだ。日本の別荘は、元々私が譲り受けたものだったが、成人した君になら十分託せるだろう。私自身の財産も、一切合切君に引き継いでおいた。面倒な手続きは気にすることはない』

 理由を問うたものの、はっきりと答えては貰えなかったと思う。
 あまりに唐突な切り出しにあっけに取られたし、意識を取り戻したばかりの自分には深く問い詰める気力がなかったのかもしれない。ただ、以前から、彼が引退をほのめかすそぶりをしていたのも確かだった……気がする。

『いいかねバリツ! これからは君の時代だ。だが、君に語り残したいことは本当に山ほどあるな。ガハハハハッ!』

 ボクシングとフィールドワークで鍛えられた豪腕で、彼は自分の両肩をガッと掴み、呵々大笑する。彼が愛飲していた葉巻の香り――自分にとって父性の象徴たる香り――が鼻孔をくすぐる中、彼はあらゆる事を語り出した。

 過去の冒険の失敗と栄光。かつて苦楽を分かち合った友の思い出。なかなか心を開かないやんちゃ坊主だった自身を育てるまでの苦労話。

自身の衝動性を和らげる為に、奇しくも自身と同名の武術である「バリツ」のレッスンを受けさせていた思い出。(それは非常にマイナーな護身術であったが、亡くなった母カエデのコネクションを通して習えていたことを知ったのも、この時にようやく……だっただろう。)

まだ20代半ばだったバリツは、彼の話にじっと聞き入った。すべてを記憶にとどめることはできなかったが――

『長々と話してしまったが、最後に、私が言い残したいことがある』

その中に、今も強く焼き付く言葉があった。

『困難を前にして、決して傍観者であってはならない。そして――君を助けてくれた者の思いに敬意を払え』

 いいかな? と念押され、あっけにとられながらも頷いた自分の頭を、彼はくしゃくしゃと撫でた。バリツ自身とっくに成人だったと言うのに。
そして『では達者でな! 未来に幸あれ!』といい残し、病室を後にしてしまった。


 ……それが、あの人と語らった最後の記憶だった。