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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』前編(上)

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 回想の後。
幼き姿のバリツは、胸に当てた片手をぎゅっと握りしめる。

(そうだ)
 
「尾取村」で、日和見を決め込もうとしていた女性に説教してしまったのも。
 「きさるぎ駅」で、本来敵だった自分たちを結果的に救ってくれた猿を弔うために、その遺体の眼を閉じたのも。

 ――ラム・ホルトという師匠の教えがあったからこそだ。

 あの会話を最後に、彼は自分の元から去った。
自分の財産の大半は、師匠がああして譲ってくれたものだ。ラムおじさんは父から相当の信頼を寄せられていたから、中には父から彼へ譲渡されていたものが、改めて息子である自身に至ったものもあった。自身が住まう邸宅がその代表だ。

 そして、もとより少しずつラムおじさんに似ていった口調は、この日を境にほぼ同一のものと化した。自分の一人称が「俺」から「私」になったのも、このあたりからだっただろう。

 彼は自分の憧れだった。ヒーローだった。
 師との別れはあまりにも唐突だったが、だからこそより鮮烈な印象が記憶に焼き付くことになったのかもしれない。

(ラムおじさん……俺は、あなたに近づけただろうか? ――あれ?)

 ふと前をみやる――少し離れた先を。
頭上からの光の円の中に、あまりに懐かしい後ろ姿。
 屈強なラム・おじさんその人の、後ろ姿。
 
 あまりに出来過ぎた展開だった。本来ならば警戒してしかるべきシチュエーションだった。だが。

「――ラムおじさん!」

少年はこみ上げる高揚のままに思わず叫び、そして駆け出していた。

アラサーとなってしまった普段の肉体よりも、明白に体が軽かった。
 もはや体だけでなく、心まで子供になってしまったかのような自覚はあった。
 この衝動を止められなかった。

 これは夢だ。ただの夢だ。たとえどれほど鮮明な明晰夢であろうとも――。
 だからこそ、自分でも思わぬうちに、大人としての理性のタガが緩んでしまっているというのか?

 ラム・ホルト。ラムおじさん。
 両親を失い、荒んでいた頃の幼い自分に忍耐強く寄り添い、育ててくれた恩人。
 冒険家教授としての未来を開いてくれた、自身の目標であり伝説。

 何から切り出したものか、わからない。たとえこれが夢の中であるとしても……父親代わりといっても過言ではない彼に伝えたい言葉はあまりに多すぎた。 

 だから、バリツは後先考えることなくただひたすら走った。ぶつかって、抱きついてしまっても構わないとすら思った。
 童心のままに。振り返る気配のない、ラム・ホルトの屈強な後ろ姿へと。

 そのたくましい背中はすぐ目の前だった。

「ラムおじ――」



 唐突に、前につんのめった。

 真っ黒な地面に叩き付けられるはずの顔面は、しかしながら、そのまま水中へとたたき込まれた。

ゴボゴボと音を立てて、周囲を瞬く間に水疱が満たす。
 自分が走っていたはずの地面が、唐突に海と化してしまったかのようだ。

 小さな手足をばたつかせるが、底知れぬ水底へ、体はどんどん沈んでいく。まるで見えない重りに引っ張られているかのように。

 頭上を、水面を見やる。
 師は遠ざかっていく。
 天上からの光が遠のいていく。

 息ができなかった。
 単に、水中にたたき込まれたが故ではない。
まるで、呼吸の仕方それ自体を忘れてしまったかのようだった。
 それなのに、苦しくはなかった。
 ただただ、意識が静かにフェードアウトしていく。 



『――バートンライト……』

どこからか、声が聞こえた。
聴覚は、水中のくぐもった音色に支配されていたはずなのに。

 それは、淑女の声。あまりにも神々しい声。
山岳を吹き抜けるそよ風のような響き。

『――バートンライト。あなたは英雄ではありません』

 どこかで聞いた言葉だ。
 この言葉には確か、続きがあった――

(あれは、確か……)

 思い出そうとするが、叶わなかった。
 代わりに脳裏に浮かぶのは――彼方の像。

(――ラムおじさん? ねえ、どうして泣いているんだ……? そんな姿……あなたには――)

 幼きバリツは、そっと目を閉じた。



            ……――。―――――っ。

☆「前編(下)」へ続く