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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』前編(下)

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 どれほど経ったのだろう。
小さく点された意識の灯は、少しずつバリツの脳裏を照らしていった。
 だが、まぶたは未だ、とても重かった。 

(……あれは……何だったのだろう?)

 先ほどまで見ていた夢を反芻しようと試みたその時、全身が汗だくなのが、すぐにわかった。
やたらと硬いベッドに面したパジャマは、嫌にべたついていたのだ。

(待てよ……ベッドが硬い?)

 すぐに違和感を覚えた。妙な話だった。
バリツのベッドは四季を通してふかふかのはずだった。なのに、今寝ている場所は、堅い。ベッドから転げ落ちて、床で寝ているというのか?

いや、待て。そもそも。
ここは……。

「……私の部屋では、ないのか?」 

 嫌な予感が胸中にじんわりと広がるまま、そっと目を開く。

 眼の霞みは未だにとれない。
 だが、就寝時と比べて明らかに、周りが明るい。
 そもそも天井の色も、照明も異なるらしい。
天井は見慣れた木製ではなく……無機質な灰色。天井のあれは、小さな電球か?

 ゆっくり身を起こそうとして、手に触れたのが心地よい布団の生地ではなく、堅い何か――無機質なコンクリートであることを改めて知った。

「そんな……まさか……」

全身から血の気が引くような感覚を覚えた。心臓の鼓動が、やたらとやかましかった。
 少なくともここは、自分の寝室ではないのだ。

「バリツ、教授?」

若い男の声を聞いた。
件の夢の中で聞こえていたような、不可解な声ではない。
間違いなく聴覚を持って捉えた生の肉声。
つい最近、聞き覚えのある声。

「その声は……バニラ君か?」

 ピントがようやく定まったバリツの目は、一足先に体を起こしたバニラの姿があった。だが、いつもとは異なる――長い上着の裾が特徴的な、ゆったりとした服装。

バリツの民俗学の知識に思い当たるものがあった。目の前のバニラが纏っていたのは『クルタ』と呼ばれる代物だ。インドを中心に愛用される民族衣装であり、どうやらバニラは寝間着として着用しているようだ。頭にはいつもの――それであるかは、一目ではわからないが――見慣れたクーフィーヤを被っている。

見知った顔を前にして、バリツの心に少なからぬ安堵が広がった。
だが相変わらず、状況はさっぱりつかめなかった。

「バニラ君、これは……一体?」
「うーん、さっぱりわからないねえ」

 バニラはバリツを助け起こしながら答える。
 相変わらずこの青年は、斯様な非常事態を前にしても、至って落ち着いているように思えた。少なくとも、バリツよりは遙かに。

「俺は自分のアパートで寝てただけなんだけどね。バリツもかい?」

 彼がそう言ったのは、バリツのパジャマ姿を見てのことであるのはすぐにわかった。バリツは頷いた。

「うむ、私も寝ていた所だ。もっとも――」
「……?」
「……いや、すまない。気にしないでくれ」

つい先ほどまでバリツが見ていた、例の夢について話すべきか迷った。

だが、いったんとどめることにした。まずは今の状況の把握に努めなければならない。余計な情報で混乱を招くわけにはいかないと判断した。バニラも深入りしてはこなかった。

体をぐるりと横に一周させながら、この場所の情報を、視覚を通して矢継ぎ早に吸収していく。恐怖は否めない。だが、「尾取村」「きさるぎ駅」の怪異を経てか、自然と取ってしまった行動だった。

どうやら自分がいるのは、正方形の四角い部屋。
四方と上下全体が無機質なコンクリート造り。
東西南北それぞれに、外見の異なる扉が一つずつ。
天井には、暖色電球。もし手を伸ばして飛び跳ねても、届きそうにはない。
中央には、紙片や砂時計めいた何かが置かれた、木製の円卓。
そして――。

「んがあ~! ……ごああ~!」

 大きないびき。
円卓の下に上半身が隠れるようにして――どうやらもう一人誰かが倒れている。
というか、この状況で寝てる。

バリツとバニラは顔を見合わせ、左右からそっと歩み寄る。

ほぼ全裸。大柄とはいかないが、筋骨隆々。
くまさん柄のトランクス――パンツ一丁。
形の崩れかかった、リーゼント頭。
 それが誰かは、すぐに分かった。

「あの――……斉藤君……?」
「ん~……」

 赤ら顔の色男は呼びかけに答えた。
……わけではなかった。

「おいやめろ、勝手にマスターボゥル投げんじゃねえ……」
「……ん?」
「ぐふふ、文句なしの個体値じゃねえか……」

「夢の中でポケモンやってるみたいだねえ」
 バニラが呆れた様子で呟く。

(私の見てた夢と大違いじゃないか……)
 肩を竦めながらかがみ込み、バリツは斉藤を揺さぶる。
 かすかな酒の匂い。どうやら斉藤は多かれ少なかれ、飲酒の後床に付いたらしい。

「起きるんだ、斉藤君」
「ん――……あれ、バリツ? なんでお前、ここに?」

 眼は開いたが、まだ寝ぼけているのだろう。
 ここが自分の寝室だと勘違いしているようだ。
 状況を伝える必要がある。

「一大事だ、斉藤君」
「お前、そっちの気があったのか?」

 眉をひそめる斉藤に、バリツは眼をぱちくりさせる。

「……うん?」
「お前にはアシュラフがいるだろ?」
「あの、待ちたまえ。何の話だ」
「まあ皆まで言うな。わかるぜ、俺も守備範囲は広いからよ」
「しゅ、守備範囲?」

 これでは会話のキャッチボールならぬドッジボールだ。
 斉藤は眠たげなままに、何やら意味深に頷いている。
話が変な方向に進みつつあった

「でもそうか~バリツがなあ。流石にびっくりしちまうぜ?」
「いやいやいやいやいや」
「斉藤」

 そこへ、バニラが割って入る。(ナイスだバニラ君!)

「ん――? 何だよ、バニラまでいるのか? もしかして、さんぴ――」
「とにかく、早く起きて。話はそれからだ」

「お~う……? よくわからねえが――」

バニラの冷徹な声に、ようやく何かのスイッチが入ったらしい。
 斉藤はすっと起き上がり、自らの頬をパンパン!と勢いよく叩いた。
 引き締まった全身の筋肉が、立ち上がった拍子にたくましく脈動した。

「俺の出番ってわけか? まかせとけ」

 ぱちりと開かれた目には、理性の光が窺えた。
 彼は不敵に微笑みながら、周りを見渡す。
 が――。

「は? ……あれ?」

その顔はどんどん困惑に染まっていく。
 彼はゆっくりと、バニラとバリツの顔を見比べ、まずバニラへ向けて語りかける。引きつった笑顔の片言で。

「ココハドコ?」
「状況を理解したかい?」

 腕を組みながら、バニラが肩を竦める。
 今度はバリツの方をみやり、

「ワタシハダレ?」
「いや、それは流石に冗談だよネ!?」


 斉藤の混乱は相当なものだったが、まもなく収まった。

そして、皆床に付いたはずであったが、気づけばここにいたという共通点を見いだした。
斉藤も、昨夜は日本酒をたしなんだ後、(パンツ一丁で)ベッドに飛び込んでいたのだ。

「なるほどな――寝て起きてみれば、よくわからんところにいる、と」

 くまさんのプリントパンツ一丁の筋骨隆々美青年は、腕を組む。
 なんとも緊張感の抜ける絵面だが、今は突っ込んでいる場合ではない。