CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』前編(下)
現に、まだ飲酒によるのだろう顔の赤みは抜けきってないものの、斉藤の表情は真面目そのものだった。
「やべえことになったみてえではあるが――ノーヒントではねえみたいだな」
言いながら、(真っ先に観察を開始していたバニラにつづき)斉藤は円卓に目を向ける。
バリツ自身存在は認知していたが、詳しく調べるのはこれからだった。
そこには二枚の紙片。そして。
真っ赤な何かが入った、大きな砂時計。
「この砂時計はなんだろう?」
バリツの声を受け、斉藤はそれを動かそうとするが、ビクとも動かない。
「ン~? 持ち上げらんねえぞ?」
「固定されてるのかもね。あと、それは砂時計じゃなくて液体時計みたいだね」
バニラに言われて中を覗き込むと、確かにその通りだ。
下側に少しずつ貯まっていくのは、さらさらと流れる砂ではない。
ぽたり、ぽたりと垂れていく真っ赤な液体だ。
バリツは嫌な予感を覚えた。
「まさか、これは――血か?」
「だろうねえ」バニラは全く動じた様子がなかったが、バリツは困惑を禁じ得なかった。
「しかし、なぜこんな所に砂時計……血時計が?」
「よくわからねえが、何かのカウントっぽくねえか?」
「かもねえ。問題は何のカウントか、だけど」
「ひとまず、紙もみようぜ」
「う、うむ」
三人は、テーブルに置かれた紙片の一枚を覗き込む。
文字は小さかったが、注視すれば読み取ることができた。
総じて丸みを帯び、やたらと可愛らしい――しかしながら、角張った各所がどこか心にひっかかるような文体だった。
《スープ作りの世界へようこそ!》
《君だけの素材を組み合わせて 最高の毒入りスープを作り出そう》
《ちゃんと作って飲めないと ここから出ることはできないぞ!》
「スープ作りの世界へ、ようこそだとぉ?」
「なんとも……ノリが軽いな……」
なんとも緊張感のない書き方ではあるが、それにしても恐ろしい文章ではないか。
わざわざ毒入りのスープを……作って飲めと言うのか?
「ノリは癪だがよ、『君だけの』とか言われるのは、ちょっとそそられるものがあるぜ。ドリンクバーみたいでよ」
「なんの話しかね斉藤君」
「え? バリツもファミレスで混ぜるだろ? コーラとメロンソーダとか」
「まあ小学生の頃なら……?」
「紙の裏面には何か書いてないかな?」
冷静なバニラに促され、紙をそそくさと裏返す。
このような文章が書かれていた。
《追伸 死ぬ覚悟をもってスープを飲むように。チャンスは一度きり。》
「なんとも……ぞっとする文章だな」
「全くだぜ。というか――」いつしか斉藤は、引きつった笑みを浮かべていた。
「俺、さらっと流したけど、表面には毒のスープを作れって書かれてたよな、毒の」
「そうなのよネ……」
「苺のスープ、と読み間違えたりしてねえ?」
「してないみたいなのよねそれが……」
「カルピスじゃダメか?」
「斉藤君、まだドリンクバーの話してない?」
「んー……」バニラが顎に手を当てる。「とにかく、言いたいことはわかったよ」
「というと?」
「もし血時計が時間制限だと仮定するなら――」
バニラの要約は、恐ろしい現実を突きつけるものだった。
このなにもかもわけのわからない、夢の世界で。
「ここから出たければ、血時計のカウントが尽きるまでに毒入りスープを作り、飲み干し――そして自害しろ。そういうことだよね」
☆続
作品名:CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』前編(下) 作家名:炬善(ごぜん)