CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』後編(上)
―――。
…………――。
バリツは夢を見た。やけに鮮明な夢を。
自分はぽつねんと、暗闇の中に立ち尽くしていた。
思考はやたらとはっきりしている。
そしてこれは、夢の中に相違ない。
となれば明晰夢――。
「……っ!!」
自身のトラウマ――『猿夢』の記憶が脳裏を過ぎり、本能的に身構える。
だが……不気味なアナウンスも、生々しい獣の香りもない。
音はなく、空気も澄んでいた。
いや待て。
そもそもだ。冷静になれば――自分がいた場所は……。
『きさるぎ駅』でも、自室の寝室でもなかった。
あのふざけた、毒入りスープ作りの牢獄だ。
「そうだ。私は――あの幼女に手をかざされて……」
つぶやき、ふと気づいた。
どうもどこかで体験した覚えがある状況ではないか。
――思い返すのに、そう時間はかからなかった。
そもそもの、悪夢の中に陥る直前みた明晰夢だ。
だが、あの時とは色々なことが異なっているように思えた。
私はこんな声だったか?
その通りだ。
自らの右手を見やる……元通りだ。
続けて左手も。変わらない。
足――履き慣れた革靴は、現在の自分のものだ。幼少の自分のそれではない。
体を曲げながら、自分の服装を確認する。
普段着のインバネスコート姿。大きめのチェックラインが入ったケープは、動きに従ってふわりとまいあがる。
はっきりと確認した。
自分は子供になってはいない。アラサーのままだ。
そして、あの空間にいた時のパジャマ姿でもない。現在の自分を象徴するような普段着だ――。
「あの子は、一体私に何を? 斉藤君とバニラ君は……――うッ!?」
激しい頭痛に襲われ、思わずうめく。
脳に何かしらの干渉をされたとでも言うのだろうか?
だとしたら洒落にならない話だ。
バリツは眼を閉じた。
息を整え、思考を整理する。
記憶を呼び起こす。大切な記憶を思い出す。
10年ほど前。
オーストラリアのメルボルンに滞在していた頃。
ラムおじさんが最後の発見を――『大盾』の発見を成し遂げた直後。
(そうだ、間違いない――)
この得意な空間によるものなのだろう。
その記憶は、やはり、鮮明に思い出された。
……――。★
作品名:CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』後編(上) 作家名:炬善(ごぜん)