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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』後編(下)

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 もはや、バリツの記憶の中のラム・ホルトは変わってしまった。
 過去の思い出すべてが変わったわけではなかった。
 だけど、一番大切な記憶は――すり替わっていた。
 
 唐突の別れの日。バリツに憧れを植え付けてくれた師匠。
朝日の中に輝く笑顔のヒーロー。

もはや記憶にそんな者は存在しない。

 この世の終わりの黄昏のような夕焼けを背に、死体のようにすっかり落ちぶれ、衰弱しきった、許しをひたすらに請う哀れな老人。
 それこそが――真実。
 しかし、そうなるまでの過程が、記憶からすっかり抜け落ちていた。
 わけがわからなかった。

自分の怪異の始まりは、自分が知り得ぬほど昔からだったというのか?
 どの思い出が真実なのだろうか?
どの思い出が偽りなのだろうか?

そもそも何故、記憶が改竄されるようなことがあり得るのだろうか?
誰が? 何のために?

 ラム・ホルトおじさんの真実。
 《未だ孵らざる神の卵》。
 あの赤毛の少女。
 青き眼のアルビノの少女。
 そして――
一昨夜自身の寝室に押し寄せてきたアシュラフ。

「全く……また謎だらけで終わってしまうのだろうか?」

 バリツは呟き、ベッドに身を委ねた。

作業している二人がラジオを流しているのだろう。
庭先から、聞き心地のよいナレーションがきこえてきた。

『……さんからのリクエストです。カイザー・チーフス、『カミング・アップ・フォー・エアー』。お聴きください――』

 そうして流れ始めた、ひとつの洋楽。
 初めて聴く曲のはずなのに、歌詞のすべては聞き取れないのに。
 不思議と自分の心に、寄り添ってくれる気がした。
 不可解な程に、自分や自身を取り巻く縁を表している気がした。



 ……ふと、バリツが思い出した記憶があった。
 それが真実の記憶なのかはわからないけれど。

 それは、うんと小さな頃の記憶。
 自身が児童養護施設にいた頃。
 初めてラムおじさんに出会った時の記憶。

 自分はやたらと反抗的だった。初対面の大男を酷く警戒していた。

『ガッハッハ! 気骨にあふれているな! さすがはリーとカエデの息子だ』
そして、バリツの頭を、ガシガシと撫でたのだ。
『君は大物になれるよ、バリツ』

 その力がやたらと強くて、その手がやたらとくすぐったくて――「なんだよう!」と幼い自分は叫んでいた。
 だが、今なら分かる――あの時の自分は、嬉しかったのだ。
 まっすぐに、自分を認めてくれた、ラムおじさんの姿勢が。

(ラムおじさん――あなたのおかげで、私は……)

バリツは眠りについた。安らかな、午睡の中へと。

――まどろむバリツの横に、ひとつの白い羽が舞い降りた。