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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
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CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』後編(下)

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「――はっ!?」

 バリツは目覚めた。その叫び声が先だったか、意識の覚醒が先だったか、自分でもわからなかった。

 体が何かに包まれて動けないことでパニックになり、手足をばたつかせてしまう。だが数秒の後――それが愛用の布団が自身に絡みついていただけであることを知った。

上体を起こしたまま、呼吸を整える。
眼をつむり――再び目を開けたときに目の前に悪夢が広がっていないことを願う。あたりは静かだった。虫たちの合唱が、どこかを走る車のエンジン音が、線路を駆ける電車の音色が――ほんのりと聞こえてくる。それらはまごうことなき、聞き慣れた夜の音。
 おっかなびっくり目を開く――そこに殺風景な壁も、一面の闇の空間もありはしない。

 ベッドの真正面。
足下の窓のカーテンは、開けっぱなしで寝ていた。いつもであれば部屋を真っ暗にしないと眠れないはずだったのに。

(……本当に……本当に?)

 疑わしくなり、周囲を見渡すが、それは紛れもなく自身の部屋だ。
 自身の心臓も、しかと動いている。胸を当てて確認する。
 鼻呼吸。いつもの寝室の空気。ほのかなラベンダーアロマの香り。 
 銃で撃ち抜かれた膝を恐る恐る確認する――動く。痛みもない。

 そこまで確認して、更に数秒おく。

「…………」

 それでも何も起きない。
そこでようやく、安堵のため息をついた。

「そうか……私は、無事に……」

 ベッドの天蓋から、何かが――小さな人影が滑り降り、そのまま自分に飛びかかってきた。

「ぎゃあああ!?」

 悲鳴を上げるバリツ上体の上体は、抵抗する間もなく、シーツへと押し戻された。
 それは目にも止まらぬ速さで自身に馬乗りになり、片手でパジャマの首根っこをひっつかんできた。締め殺さんばかりの圧だ。

「……邪教徒!」

 少女の叫び。
 そんな言葉を放つのは、ただ一人しかあり得なかった。

「――アシュラフ君!?」

「バリツ・バートンライト……!」

 あのアシュラフが、取り乱していた。
 顔を真っ赤にして、片方の手でバリツのパジャマの首根っこをひっつかみ、もう片方の手で胸部を掻きむしっていた。
ふだんならきっちり着こなし、色気を排除しているいつもの黒服は、所々がはだけ、一見頼りない肩の曲線も、鎖骨も、露わだった。

「ちょ、ま、え……?」

 目の前の小さな人食い虎の荒い呼吸。

 さらさらと舞い上がっていた銀の髪が、数拍子も遅れて、少女の背中から肩へと舞い戻る。化粧品の類いだけではないであろう、年端のいかない女の子特有の香りが、そして少女には明らかに不釣り合いな硝煙の臭気がベッドを満たし、鼻孔から、口腔から体内に入り込む。

 布団越しに、黒いスカートの中で開かれた腿が、自身の下腹部を内側へ締め上げてくる。ただし、その無茶な姿勢や華奢な体とは、明らかに不釣り合いな圧力で。

ワケがわからないシチュエーションだった。
 呆然とするバリツに、アシュラフは叫んだ。

「私に何をしたのですか!?」
「……はあ!?」

 ただでさえ強かった、狂信者の挟み込む力が強まる。
 このか細い四肢のどこからこんな力が湧いてくるのだ!?
 自分は曲がりなりにも武道経験持ちの大の大人だぞ!

「あ、アシュラフ君。落ち着きたまえ、何がなんだか――」

「さっきから――」アシュラフはまくし立てる。
「頭の中で、声や映像がやかましいのです!」

「な、なんのことを――?」
「とぼけるんじゃありません!」
「ぐ、ぐぇ!?」首根っこのか細い手にグッと力がこめられた。
「こいつにあなたが関係しているのはわかっています!」
「ま、待ちたまえ! アシュラフ君! 私はさっきまで、訳の分からない悪夢に囚われて死にかけていたのだ!」
「何が悪夢で死にかけていたですか! ただの夢じゃないですか!」
「いや、ただの夢じゃなくてだな……!」
「夢は夢でしょう! ただでさえ狂っていた狂信の脳みそが更に地獄に片足突っ込んだわけですね!」

 アシュラフは、先ほどまでの悪夢はもちろん、猿夢の経験もしていない。
 だから、「夢の中で死にかけた」というこれまでの経験を共有するというのも難しい話ではあるのだが……。
 
「いや、だから本当に――」

「とぼけるならマジで殺しますよ」

 アシュラフの放つ空気が、唐突に変わった。 
 先ほどまで胸元を掻きむしっていた手に、バリツも海外で目にしたことのあるグロックが――拳銃が握られていた。
 その金の眼は、凍り付くような殺気に満ちていた。

「映像の中で」ぽつりと、少女は告げる。
「私は大男に殺されているのです。胸をナイフでぶっ刺されてね」
「え――」
「そして、その前の光景に出てくるのは、小さな子供。あなたの部屋の写真に映っていた、小僧だった頃のあなたに他なりませんでした。心当たりがないとは……言わせませんよ」

(――まさか――)バリツの脳裏に、ある仮説が過ぎる。
(彼女もまた――私があの悪夢の随所で見てきた記憶を体験しているというのか? 私とは……異なる視点で?)

アシュラフはあの世界にいなかった。そもそも自分とアシュラフは、全くの他人のはずだ。我ながらあまりに馬鹿げた憶測だった。
しかし、しかし――……。

「……心当たりなら……」
「なんですか? はっきり言いなさい」
「あーもう! あるとも! だから、いい加減そこを――」

 バリツは空いていた両方の手で、アシュラフの肩をがっちり掴んだ。何故そんなことをしてしまったのか、自分でも分からなかった。とにかく、そのまま小さな体を押しのけ――

「…………あれ?」

……ようとしたが、彼女は全く動かない。
体格差も体重差も歴然のはずなのに。
 あの悪夢からの寝起きの影響か、バリツ自身も万全の力は出せない自覚はあるが――それでもあまりに不可解だった。

「あ……」

 やらかした。さっきの衝動はなんなのだろう。マジで殺される。
 バリツは死を悟り、固まった。