CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』後編(下)
だが、どうしたことか――アシュラフもまた、固まっていた。
普段とは異なる反応を前に、面食らったとでも言うのだろうか?
二人はそのまま、固まっていた。
奇妙な沈黙が流れた。
フランスでいう天使が通った――のレベルではない。
今この場は、天使ですら引き返すだろう。
どれともわからぬ虫たち。どことも知らぬ先へと急ぐ車。誰とも知らぬ人々を乗せる電車。窓の外からしんしんと流れ続ける、穏やかな夜の音色。
はじめに動いたのは――アシュラフだった。
少女は手にしたグロックの構えをとき、その手をそのままバリツの胸に押し当ててきた。ずっしりとした銃身の重みと、優しくか細い五指の感触が、パジャマを伝った。首根っこをひっつかんでいた手は、襟元から内側へ入り込み、バリツの肩の肌に直接触れていた。ひんやりしていた。くすぐったかった。
着崩れた黒衣の、小さな肩に乗せた自身の両手は、やたらと大きく感じた。首まわりの柔肌に、指を僅かにうずめてしまっていたのに、その両手を離せなかった。離した途端に、何かが崩れてしまいそうな気がして。
ただ少女の暖かみが、その儚げな――しかしはっきりと脈打つ心臓の鼓動が、掌に広がっていた。その小さな体を駆け巡る命の脈動を、血流を感じた。
「詳しく……話しなさい……」
アシュラフと目が合った。
その金の瞳は、トロンとしていた。
頬の赤みは若干引いたが、桃色を帯びていた。
いつしか背中を反らしている小さな肢体の重みを、より確かに感じた。下腹部に、細く柔らかなその内股の熱が広がっていた。
バリツ自身の心臓が高鳴る。
息が――苦しくなる。
この高鳴りは……なんだ?
作品名:CoC:バートンライト奇譚 『毒スープ』後編(下) 作家名:炬善(ごぜん)