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夢 ~シュレーディンガーの猫~

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   夢 ~シュレーディンガーの猫~
                               作 タンポポ



       1

 目が覚めると、なぜだか私は泣いている……。悲しい気持ちをはっと忘れ去ったかのような異様な気分に浸るのだ。
 なぜ、私は泣いていたのか……。
 そこが肝心な問題でもあった。記憶というには情報が全くないし、最近起こった出来事が引き金になっているという訳でもなさそうだ。
 それでも、必ず突き止めてやろうという想いに、毎朝同じようにかられるのだ。悲しくもないのに、このまま毎朝泣き続ける事もないだろう。
 私はその原因を見つけるという絶対的な意思がある。
「おはよう」
「おはよう、眞衣」
毎朝泣きながら目が覚めるその神秘ともいえる自然現象の原因を、必ず、その答えを私は見つけるつもりでいる。
 仕事開始の身支度を整えながら、いつものように軽く考え耽ってみる。一体、いつ頃から目が覚める度に泣いている自分に気付き始めたのだろうか。おそらく、数週間前からだった。前日に感動ものの映画を観たり、泣ける小説を読んだりと、そういった事はほとほとしていないのが現状である。
 就寝前には缶ビールを二缶と、おつまみの枝豆、それにお気に入りのラジオを聴くのが習慣になっていた。たまに例外はあるが、ほぼ毎日、深夜零時には就寝している。
 朝は決まって七時半だった。そう、そして泣いている……。
 思考が切り替わったのは職場が新人達の初々しい挨拶で活気づいてからだった。勤務歴が十三年にもなると、ただのOLも尊厳ある責務に就くようになってくる。今年入社してきた新入社員達は精鋭ぞろいだった。確かに去年までと比べ、仕事のペースが旨くコントロールできている。優秀な新人達のおかげだろう。
 そういえば、若い頃は次の日に記憶をなくすような馬鹿も度々やった。体力に任せて何軒も呑んで回ったものだ。そういった事に食傷気味になってきたのは、ワインの味がわかってきた頃だろう。
 今では随分と仕事熱心だと我ながら思う。職場に恋人はいないが、今年三十五歳の誕生日を共に祝ってくれた親友達がいる。共に切磋琢磨し、無駄を削り合い、必要なものだけを厳選してきて、今がある。
 ん。必要なもの……。
 眞衣は心に何かしら引っかかるものを感じた。
 必要なもの。必要なものを、なくしたから、泣いている……。
 眞衣は思考にブレーキをかける。若い頃とは違い、馬鹿をやって記憶をなくすなどという事は本当にありえない。ましてや、必要なものなど、仕事以外には期待もしていない。
 自分の必要なものとは何だろうか。小、中、高、と続く卒業証書か。バレンタインに貰ったハンカチと手紙か。否、どちらも捨ててしまったが。
 むしろ必要なものの定義が欲しいくらいだった。すぐに思い浮かぶのは空気や水か、はたまた異性、つまりは恋人か。必要といえば必要だろうか。しかし、空気と水は必要不可欠だが、恋人となると……。
 私が毎朝泣いているのは、恋人と別れたから。
 むしろそれがアンサーだとすれば、もう十三年以上も前の事でめそめそしている事になる。さっぱりとした性格の眞衣にとっては考えにくい答えであった。ではなぜ、泣いているのか。
 悲しいのだ。眞衣はふと納得に近しい感覚でそう思った。悲しいから泣いているに決まっているではないか。毎晩夢に思うほどに、悲しい出来事が起こっている。又は、起こったのではないか。
 夕方になり、帰路につく社員達も増えてきた頃、納得に近しい手応えであった悲しい出来事とやらが、まるで絵空事のようにちっぽけに感じていた。私には子供がいないし、結婚生活も二年足らずで終わってしまったのが、十三年ほど前になる。
 前の夫とは一年に一度連絡を取るか取らないかくらいのなかだし、親友と呼べる友人達とも近年では誕生日ぐらいにしか食事にも出掛けない。ただただ、毎日を消化するだけの毎日なのだ。
 本当に、そうだろうか。
 否、本当に、そうだっただろうか……。
 就労に明け暮れる日々に嘘偽りは一切ないが、自分には何かこう、生きがいのような何かがあったような気がしてならない。数週間前の自分に、何か変化が起きたのだろうか。馬鹿馬鹿しいとも思えた。SFではあるまいし、いくら何でも記憶喪失というパターンではないだろう。
 自分は数週間前に事故に遭っていて、その時の後遺症で事故に遭った前後の記憶をすっかりなくしている。いや、それはやはりありえない。傷跡がまず身体のどこにもないし、そんな事があったのなら、実家の親族達が大騒ぎするに決まっているし、会社も休まなければならない。しかし、自分は毎日出勤している皆勤賞だし、実家の親族からも最近は全く連絡がない。
 どうして、夢から覚めると、泣いているのだろう。この日も考え耽っているうちに夕食の時刻になっていた。キッチンに立ち、何を作ろうかと思考を始める。どうせ作るのだから、一人分ではなく、大目に作っておいて、残ったものは冷蔵庫にしまえばいい。この日はカレーライスを作る事にした。
「誰か、食べてくれる人がいればなー……」
 短く呟いた独り言に、またも違和感を覚える。
 私は何年間も、こうして一人で食事をしてきたのだろうか……。馬鹿げている、そうに決まっているではないか。ただ、何か納得が足りない気もする。
 十五年前、眞衣は新(あら)井(い)涼(りょう)助(すけ)と籍を入れた。新婚生活はまずまずうまくいっていた。あの頃は本当に幸せといえた。高校を出て、数年後の結婚。若いカップルは毎日のように寄り添い、そんな時間を楽しんだ。しかし、子宝には恵まれなかった。涼助も一度目の浮気を引き金に、次第に態度が急変していき、挙句の果てには離婚。たった二年ほどの結婚生活だった。
 二人で食卓を囲んだのは、その二年だけである。たまには友人達と席を共にする食事会なんかもあったが、稀にあるだけで、やはり基本的には毎日二人だけの食事。それも眞衣が作ったものを二人で食していた。
 食事を終え、皿を洗い終わった頃には、違和感も落ち着いていた。涼助と別れて、眞衣はまた新内を名乗るようになったのだ。その時から未練など、いくら考えても微塵もありえない。仲良くなった親戚との縁の関係で、年に一度今では連絡を取り合うというだけの中だ。涼助はすでに別の女性と結婚しているし、子供も二人いるらしい。
 眞衣は涼助への未練説を完全に払拭した。
 やめたはずの煙草を咥える。煙草の喫煙は結婚を機にやめたはずだった。それがどうしてか、二、三日前につい購入してしまったのだった。アルコールを欲する喉を潤す為に冷蔵庫から缶ビールとおつまみの枝豆を取り出す。この日は気分で、もう賞味期限の近い抹茶菓子も用意した。
 恐る恐る、煙草に火をつけようとしたが、ライターがない事に気が付いた。仕方がないので、前髪を手で押さえて、ガスコンロで火をつける事にする。
 苦い味がいっぱいに口中に広がった。なぜにこんなものを好き好んで吸っていた時期があったのだろうかと自分でも不思議に思う。逃げるように缶ビールを喉の方に流し込む。きつい炭酸がジュワと音を立てて喉元を通り過ぎていった。