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失いたくないから

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失いたくないから
                              作 タンポポ



       1

「おつ。あ、本読んでた?」
「おう。いや、それより沙友理、誕生日おめでとう。しゅく二十八歳」
「えー、覚えててくれたんやー? ありがとう」
 篠山医院の314号室。それが五年前、美崎順也(みさきじゅんや)と出会った場所だ。今も三日に一度会うこの場所は変わらない。五年間、一度も順也が退院しなかったからだ。
五年前、私こと松村沙友理が食中毒で緊急搬送されたのが、ここ篠山医院だった。数日間の入院生活のなかで、私はこの美崎順也と趣味の漫画を通して仲良くなった。順也は、男らしい一面も目立つけど、優しい性格が一番印象的だった。
窓際のカーテンが真夏の風に揺れている。順也は私と目が合わない時や、ふと一人でいる時間に、いつも窓の外を眺めている。一体いつ頃から入院生活を送っているのかは、悪くて聞いた事がなかった。やはり、外界に憧れがあるのだろうか。その綺麗な顔は、いつも外ばかりを見つめていて、少し寂し気だった。
「なんかね、昨日、職場の人達に聞いた噂なんだけど、釜桑折(がまごおり)神社で願い事すると、本当に叶うんだって」
「ガマゴオリ神社? そんなのあったかな。沙友理は行った事あるの?」」
「ううん。でも、今日さっき携帯で調べたら、本当にあった。この病院から歩いて二十分ぐらいの所にある。ポツンって」
「誕生日の願い事でもしてくるの?」
「うーん……、どうしようっかな。髪、もっと綺麗になれ、て願おうかな」
「髪の毛?じゅうぶん綺麗だよ、もっと他にないの?」
「髪大事やーん。命の次に大事やわー」
 誕生日の願い事は、順也とまた会える事だけでいい。この五年間、毎年それ以外を願った事はなかった。順也は唯一心を預けられる親友だ。何だって打ち明けられるし、何だって受け止められる。もし、順也と外を一緒に歩けたら、どんなに素晴らしい時間になるだろう。
 この日も一時間ほどの面会で篠山医院を後にした。帰り際に、職場とは別の本屋に寄ろうとした時に、ふと釜桑折神社の事を思い出した。願い事か――と思う。願うだけなら簡単な事だが、釜桑折神社への道のりが少しだけおっくうだった。
 携帯電話の地図の案内で、釜桑折神社への道筋を調べながら歩いた。歩きながら大抵の願い事は思い浮かべておいたが、いまいち欲しい物がなかった。
 小山のように膨れた雑木林を五分くらい抜けると、ネットにあげられている写真と同じ構えの釜桑折神社があった。ネットの写真よりも多少劣化した感は補えないが、何か威圧的な説得力のある建て構えだった。社(やしろ)自体は小さく、木造で古めかしい。職場の友人達の噂から想像したのとは違い、人の気配が全くなかった。本当にそんなに御利益(ごりやく)のある神社なのだろうか。
 沙友理は財布を取り出してから、賽銭箱がない事に気が付いた。よく神社で見受ける鈴すらもない。
 もう一度目視してよく確認してみる。賽銭箱はなく、鈴も見当たらないが、確かに釜桑折神社と小さな門構えに彫り込まれている。
 沙友理は目を瞑(つぶ)る。
「えー……、じゃあ。……千円欲しいです」
 そう願ってから、少し馬鹿馬鹿しく思えてきた。沙友理はそのまま帰宅する事にする。時刻は午後の四時過ぎだった。
 帰り道の途中で、コンビニに立ち寄った。暑さを一旦引っ込めようと、コンビニの冷房を熱望する。
知らず知らずに急ぐその足を、沙友理は急停止させた……。
その自動ドアの目の前に落ちている物。
それは一枚の千円札だった。
「あ、ラッキー。ああ、届けなあかんか……。あっ!」
 沙友理は釜桑折神社で願った事を思い出す。
 自分は、千円が欲しいと、先程、釜桑折神社で願ったのだ。
 叶ってしまった。
「嘘やん……」
 幸い、ここから警察のいる派室所までは近い道のりだった。とりあえず、拾い上げた千円札は警察に届ける事にする。願い事が叶った事に浮足立つ気持ちは、翌日まで続くだろう。驚いた順也の顔が早く見たかった。
 帰宅後、沙友理は早めに食事を済ませ、ゆっくりと風呂に入った。湯船に浸かる間も、ずっと今日の不思議な出来事の事を考えていた。
 風呂上がりに、長い髪をドライヤーで丁寧に乾かしてから、就寝までの間、何度も読み漁ったお気に入りの漫画をもう一度読んで過ごす事に決めた。
「ん? あれ……」
 本棚の一番下の段にある筈の、お気に入りの漫画が、一冊だけ見当たらなかった。最初から読み返そうと思ったのだが、一巻がない。
「あれえ……、嘘ぉ、どこいったん?」
 仕方がないので、二巻目から読み返す事にして、その日は早めに就寝した。
 翌日は、午後からの勤務だったので、まだ三日経っていないが、どうしても順也に伝えたい事があったので、午前中に314号室に面会に行った。
 病室を覗き込むと、やはり、ベッドで上半身を起こした順也は、窓の外を眺めていた。
「順也。おつ」
「おう、沙友理。いらっしゃい」
「ヤバい、順也、超ヤバい」
「何? どうしたの?」
「願い、叶った! 釜桑折神社!」
「へえ……。どんな願い?」
「千円! 拾った!」
「神社で千円欲しがるなよ……」
「違うの! なんか、何も考えが浮かばへんから、何でもいいからとにかく願ったの」
「そしたら……」
「叶った!」
「へえ、凄いな……。偶然にしても、ご利益っぽいよね」
「でもね、ただじゃないの!」
「ただじゃない?」
「そう。私の大事な物が、一つ消えるの」
「嘘だー」
「ほーんとなの! うえーんほーんと!無くなったの!漫画が、一冊!」
「願い事の、千円と引き換えに? にしては高いな。千円なら、二冊買える」
「そういう問題じゃないの! 叶ったんだよ?願い事が!」
「うん……。信じてるよ。でも、あんまり頼らない方がいいかもな……」
「願い事しまくるよ! 漫画ぐらい買えばいいだけやん! 願いが叶うんよ!」
「そうだね。凄く、素敵だよな。奇蹟かな……」
「やーん、次何願おう……」
 興奮冷めやらぬままに、沙友理は面会を後にして職場へと向かった。職場の友人達に、釜桑折神社の話をしようかとも思ったが、思いとどまった。喋ってしまったら、せっかくのご利益が消えてしまうかもしれないと思ったからだ。
「松村さん」
「はい?」
「今週からバイト後の裏部屋の掃除当番、松村さんだから、よろしくね」
「あ、はい。わかりました……」
 三か月に一度の面倒くさい仕事が圧し掛かってきた。裏部屋の掃除は、力仕事が多く、担当した者が一人でしなければならない為に、時間がかかる。それなのに、自給の時間外なのが余計に足取りが重かった。
 仕事終わりにタイムカードをきる頃には、沙友理はそれを実行に移す決心をしていた。
 小さな街をそれて、景色がぽつぽつと建つ民家に変わってきた頃、小山のように膨れた雑木林にようやく辿り着いた。
 雑木林を五分ほど歩いて到着したのは、夕焼けに不気味に染まる釜桑折神社だった。
 沙友理は目を瞑る。
「えー……。掃除当番、やりたくないです……」
作品名:失いたくないから 作家名:タンポポ