ミノスを待ちながら
「あ、あああああ・・・」
それが何かを理解したとき、ガマの目からは涙があふれだしてきた。
「ヨーイチロー!!」
自分をこの村から助け出してくれるはずの男の首を抱えながらガマは泣き始めた。すすり泣きだったが、次第に大きな声になり村中に響き渡っていた。
泣き止んだガマの心は絶望で満たされ、絶望は憎悪へと変わっていった。
「誰がこんなことを」
そういいながらも、ガマには分かっていた。カシワ以外にこんなことをする人間はいない。カシワは洋一郎を憎んでいた。怨んでいた。最初は「男」というものに対して蔑んでいるだけのカシワだったが、シキミが死んでからはそれが憎しみに変わり、洋一郎が逃げ出す前には殺そうとしていたのだ。
「カシワァ!」
ガマはカシワを探しに村の中へと走り出した。体力が落ちているため、途中なんども転びながらも、村中を探し回った。しかし、カシワの姿はどこにも見えなかった。
「どこ?カシワはどこに行ったの?」
村の真ん中で座り込んで膝を抱え込みながらガマはつぶやいた。
転びながらも村中を走り回ってみたが、カシワの姿を見つけることはできなかった。ガマの中にあった憎悪もいつしか消え去っていた。
ここは、それほど大きな村ではない。最後にいたのは15人ほどだ。昔から住む人がいなくなった家は取り壊し、薪にしたり他の家の補修に使ったりしていたので隠れられるような場所も多くはない。
全ての家を見回ってもカシワを見つけられなかったガマの心の中は困惑でいっぱいになっちえた。
「あとは、墓場くらいだけど・・・。あ!」
そういえば、カシワは言っていた。
―仇をとったから、アイツに知らせようと思って
シキミの仇を取る。そう言ってカシワはこの村を出て行った。それが「仇を取った」「アイツに知らせる」といって帰ってきた。
(『アイツ』はきっとシキミのことだ。知らせるって言ってたから、もしかしたらシキミの墓に行ったのかも)
そして、ガマは立ち上がると、足を引きずるようにして墓地となっている場所へ向かった。
墓地につくと、シキミの墓の前に人影があるのを見つけた。ただ、木の棒を削って名前を書いただけの墓を抱きかかえるように寄りかかっているその人影はカシワのものに違いなかった。
「カシワーー!」
再び怒りがガマの胸に湧き上がってきたガマは、カシワの名前を叫びながら駆け寄った。手にはいつの間にか、あの日サチを刺した疊針が握られていた。あの日自分を救ってくれた疊針をガマはお守りのようにして持ち続けていた。
「カシワ―」
名前を叫びながら、ガマはカシワの体に疊針を刺した。抜いては刺し、抜いては刺しを繰り返していたが、カシワは抵抗するどころか声も聞こえないことに気づいたガマは抜く手を止め、改めてカシワを見てみた。
カシワはすでに死んでいた。首がカシワの血で赤黒く染まり、右手のそばには小さな刃物が落ちていた。
「カシワ・・・・」
カシワの顔は、ガマが見たことのない、穏やかな微笑みを漂わせていた。
カシワの腹に突き刺したままだった疊針を引き抜くと、ガマは立ち上がり歩き出した。疲れ切った体を引きずるように歩き、檻のおいてある場所に戻ってきたガマは、洋一郎の首をサチの死体のそばに放り投げてから、檻の上に座り込んでつぶやいた。
「ヨーイチロー、まだかなぁ」