そして新しい今日ははじまる
「…痛っ」
額に走った痛みで、俺は目を覚ました。視界に入った天井から、俺の家ではないことを察する。静ちゃんの部屋だ。
覚醒して気付いた彼愛用の煙草の臭い。それから、腰の痛みと身体のだるさ。静雄はベッドの脇に腰掛けて煙草をふかしていた。
「…いたい」
「おお、起きたか」
静雄はそれだけ言って煙を吐いた。こちらを見ようとはしない。耐えられない程ではないが、額の真ん中がじんじんと染みてきた。この痛みは現実だ。
俺は安堵していた。そうだ、さっきのは夢だ。夢の中でもそう自覚していたはずなのに、あまりに情景がリアル過ぎて忘れていたようだ。現実に静ちゃんが俺を無視するはずなんてない、のに。良くも悪くも。
ああ、日常とはこんなに幸せだっただろうか。もっとも俺は非日常が大好きだし作り出したいと思ってもいるが、静ちゃんが俺を無視するような日常は手に入れたくないし入れる気もない。
「…っていうか本気で痛いんだけど」
おでこが。絶対に赤くなってるよこれ。
だるい身体は動かさずに、首だけ動かして静雄の方を向く。額の痛みの原因は静雄以外に考えられない。部屋には静ちゃんと二人きりだし。彼はまたふううと煙を吐いた。
「てめえが魘されててうるせえから、起こしてやったんだよ。普通のデコピンが竹刀レベルだっつーから、手加減しまくって小指で弾いたんだが…てめえには拳でも良かったよなあ」
寝てる時に静ちゃんの拳が降ってくるなんて、それこそ悪夢でしかないね。っていうか死ぬって。
そう心の中で突っ込みを入れたのも束の間、俺は静ちゃんの台詞の前半部分を頭で反芻して、口をぽかんと開けてしまった。…起こしてやった、だって?
表情が崩れたことに自ら気付いて、すぐに元に戻す。静雄はまだ向こうを向いていたから、見られてはいないだろう。気の抜けた顔など人に見られる訳にはいかない。
「なに、優しくしたつもり?起こしてやったって」
平静を装ってからかうように聞くと、彼はよく分からないといったふうに首を傾げ、なんだろうなあ、と呟いた。その仕草が何だか可愛く見えて、ふ、と笑いが洩れる。自分の頭も大概沸いているようだった。
そして新しい今日は始まる
(有り得ない日常と幸せな日常を手に入れたことから、ね)
作品名:そして新しい今日ははじまる 作家名:あきと