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自分らしく
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彼方から 幕間3 ~ エンナマルナへ ~

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 彼方から  〜 幕間 3 エンナマルナへ 〜


 月のない夜――
 星々の投げかける、仄かな明かりだけが頼りの、夜……
 グゼナとの国境近く、ドニヤ国、北の荒れ地――
 大小様々なオアシスが点在し、小さな集落が幾つも形成されている地。

 その地に……
 グゼナの軍兵に追われ逃げ込んだ……十数人の人影が在った。

 ジェイダ左大公。
 その息子のロンタルナとコーリキ。
 二人の息子と共に、左大公を警備している、元灰鳥戦士のバーナダム。
 同じく、元灰鳥の女戦士ガーヤと、双子の姉妹である占者、ゼーナ。
 ゼーナが引き取り、助手として共に暮らしていたアニタとロッテニーナ。
 不思議な巡り会わせにより、行動を共にすることになった、ザーゴ国の王子ナーダの下で、近衛をしていたバラゴ。
 そして、元傭兵のアゴルとその娘、幼き占者ジーナハース。
 更に今は、グゼナの元大臣、左大公の友人でもあるエンリとカイノワが、合流していた。

 グゼナの首都。
 セレナグゼナでの占者の館爆発事件の後……
 ゼーナの占いの能力も戻り、支援者の庇護の下、国内で身を隠していたグゼナの大臣二人を、見つけられたまでは良かったのだが……
 闇の力の影響が、眼に見えて強まっている今。
 そう、易々と、事が運ぶはずも無かった。

 優秀な占者二人の力を以ってしても、『向こう側』の妨害を潜り抜け切ることは、至難の業だった。

          ***

 ドニヤ国、北の荒れ地。
 砂と荒廃した地とが混ざり合う、地域。
 草木も疎らな起伏に富んだ地に在る小高い丘の上に、同じ兵服に身を包んだ一団が足を止めていた。
 二十人から三十人ほどだろうか……
 ニヤニヤと薄い笑いを頬に張り付かせた兵の一団は、丘の麓、その少し先に広がる砂地に屯う、十数人の人影を見やっていた。
 ……砂を体に纏わり付かせ、樹海の花虫に似たその巨躯を持ち上げた数体の怪物に、襲われている――その様を……

 ギリギリと、忌々し気に鳴らされる歯軋りの音……
「くっそー、あいつら、高みの見物と洒落込んでやがるっ!」
 バラゴは、少し離れたところにある小高い丘を見上げながらも、襲い来る怪物の攻撃を辛うじて躱していた。
「やつら、おれ達がこの怪物どもに、やられると思っていやがるんだろうぜっ」
 苛つきの籠った言葉を吐き捨て、怪物の体に剣を突き立てようとするバーナダム。
 だが、弾力性に富み、加えて分厚く堅い怪物の皮膚は、普通の人間が振り回す剣など、モノともしなかった。
「だけど時間の問題だろぉ、これじゃあ!」
 樹海に棲む、『花虫』に似た体躯を持つ怪物……
 花虫と違い、棘のような触手の代わりに、触覚のような長く太い毛が、円い口の周りに何本も生えている。
 だが、どこに眼が付いているのか分からない形態や、その口の中に隙間なく生えている鋭い牙など、共通点は多い。
 樹海の花虫よりも一回りは大きい体を武器に、圧し掛かるような攻撃を仕掛けてくるところも一緒だ。
 コーリキは怪物の攻撃を剣で薙いで凌ぎながら、後退を余儀なくされていた。
「大丈夫か! コーリキ!」
 兄、ロンタルナが、弟に襲い掛からんとしている別の『砂蟲』に、体当たりを食らわしている。
 だが、その動きをほんの少し、止められただけだ。
 二人は、迫り来る砂蟲に、じりじりと追い詰められてゆく。

 馬の嘶きが……
 砂蟲に襲われ、肉が潰れ骨が砕ける音と共に、荒れ地に響いてゆく。
「……最後の一頭が、やられちまったよ――」
 ガーヤの悔し気な呟きが聴こえる。
 戦える者全員が、その手に剣を持ち砂蟲に向けながら、馬を喰われ動きの取れなくなった馬車の周囲へと、集まらざるを得なくなっている。
「みんな諦めるなっ! もう少し、耐えてくれっ!!」
 士気の萎えかけた皆を鼓舞するかのように、アゴルの檄が飛ぶ。
 丘の上の軍兵を睨みつけながら、襲い掛かって来た砂蟲の口の中へと、剣を突き立ててゆく。
 その体の何処から出しているのか、見当もつかない耳障りな叫び声と共に、身を捩じらせ、痛みに仰け反り藻掻く砂蟲……
 口から流れ出る体液の匂いに引き寄せられ、他の蟲たちが集まり、傷付けられた同種を喰い散らかしてゆく――

「おれ達も、ああなっちまうのかぁ?」
 視界の端に映る、吐き気を催しそうな惨状……
 その咀嚼音も、聞くに堪えない。
 眉を顰め、戦う術を持たぬ者たちを乗せた馬車を背に、バラゴが呟く……
 表情に、諦めの色が出始めている。
「大丈夫だ!」
 外見に似合わぬバラゴの弱音を、アゴルはその一言で、一蹴していた。

「何を根拠にそんなことが言えるんだよっ!」
 コーリキたちと三人がかりで、自分よりも身の丈が二倍はあろうかという砂蟲を相手にしながら、バーナダムが怒鳴ってくる。
 バラゴを襲わんとしている砂蟲に向かい、
「おれ達の優秀な占者二人が、ここで待てばいいと占ったんだっ! おれはその占いを信じているっ!!」
 アゴルはそう、怒鳴り返していた。
「うわっ!」
 いきなり、砂蟲が標的を変え、こちらに向かって来る。
 大きく開け放たれ、頭上から覆い被さろうとしてくる砂蟲の口を、アゴルは辛うじて、剣の腹で受け止めていた。
「アゴルッ!!」
 砂蟲の巨躯に耐え切れず、膝を着いてゆくアゴル……
 助太刀に行きたくても、他の砂蟲の標的にされ、バラゴも身動きが取れない。
「くそぉっ! 退きやがれっ!!」
 砂蟲たちの隙間を縫おうと試みるも、その『隙間』自体が見い出せない程、幾体もの蟲が集まって来ている。
 つい先刻、アゴルの剣に倒れ、同種に食い散らかされた砂蟲の体液の匂いに、誘われてきたのだろう……
 明らかに蟲の数が増えている。
 似てくれてなくてもいい習性が、樹海の花虫と同種であることを教えてくれる。
「チィッ……」
 近づく為の道が、見えない……
 どんどん、馬車の方へと追いやられてゆく。
 額から、一筋の汗が流れ落ちる。
 このままでは自分の身も危ないが、アゴルの方がもっと危ない。
 だが砂蟲はお構いなしに、剣を両手で支えるアゴルにその身の全体重を以って、圧し掛かってゆく。

 ――くそ……
 ――ここまでか……

 眼前に迫る砂蟲の円い口……
 その口の中に生える鋭い牙が、何本あるのか数えられそうなほど近くに見える。
 果てなく続く暗闇のような、砂蟲の喉の奥から、絶え間なく……『唾液』が流れ落ちてくる。
 ぬとぬとと剣を伝いくる唾液で、柄を持つ手が、剣の腹を支えている腕が滑り、外れてしまいそうになる。
 いや、その前に、耐える力がもうすぐ限界を迎えてしまう。
 己の名を呼ぶ皆の声を耳朶で捕らえながら、アゴルは半ば、自身の命を諦めかけていた。

「こいつっ!!」
 ガーヤの気合の入った声が、耳元で聴こえる。
 その声と同時に、辛うじて受け止めていた砂蟲の口の中に、剣先が吸い込まれてゆく。
 砂蟲の口の中からガーヤが剣を引き抜くと同時に、怪物は形容のし難い叫び声をあげ、大きく身体を仰け反らせていた。
 また……同じ惨劇が繰り広げられる。
 同種を食い散らかす、砂蟲の捕食が……