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自分らしく
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彼方から 幕間3 ~ エンナマルナへ ~

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 だがその間――蟲が共食いをしている間は、有難いこと奴らの注意がこちらから外れる……

「大丈夫かいっ! アゴルッ!!」
 苦し気に顔を歪め、砂地にへたり込むアゴルの腕を取るガーヤ。
「あ……ああ、済まん、助かった」
 彼女の手を借り、何とか立ち上がりながら、アゴルは自身の腕を見やった。
 ずっと、渾身の力を籠め続けていた両腕が痺れている。
 意識して力を籠めなければ、剣を、取り落としてしまいそうだった。
 このような状態で、この怪物どもに勝てるとは到底思えない。
 だが、この先に進む為――生き残る為にも、『戦う』ことを止める訳にはいかなかった。
 痺れを回復させる為、アゴルはガーヤに礼を言いながら、両腕を無理矢理動かし続ける。
「アゴルの言う通りだよっ! みんな! 諦めんじゃないよっ!!」
 金属同士がぶつかり合うような甲高い音が、ガーヤの激と共に響く。
 共食いにあぶれた蟲が、再び襲い掛かってくる。
「グゼナ一の占者と、幼き稀代の占者が二人して同じ占いをしたんだ……あたしも信じる、信じるよっ!」
 アゴルの言葉に同意を示しながら、ガーヤは砂蟲の口を狙って、剣を振るい続けていた。

          ***

「お父さんっ! お父さんっ!!」
 守り石を入れた小さな袋を握り締め、馬車の中からジーナは父を叫び呼んだ。
 占者の能力が、皆の戦いを脳裏に像として、結んでくれる。
 怪物に圧し掛かられている父の姿に、ジーナは思わず、声を張り上げていた。
 兵に追われ逃げ込んだ砂地……
 恐らく奴らは知っていたのだろう、この地に『怪物』が巣食っていることを――
 ここに追い込んでしまいさえすれば、自らの手を汚すまでもないことを……
「どうしよう! どうしようゼーナ! お父さんが……お父さんが!! あたしの占いのせい!? あたしが、ここで待っていればいいって、占ったから!?!」
 見えない瞳を見開き、ジーナは涙を浮かべて、すぐ傍に居てくれているゼーナに縋りつく。
 ……ザーゴの国で、ガーヤに頼まれ占った時のことが、脳裏に浮かぶ。
 白霧の森を『占た』ことで、森に巣食う化物と戦うことになった。
 あの時はノリコもイザークもいた。
 樹の精霊のイルクも、助けてくれた。
 エイジュも、一緒に戦ってくれた。
 だからきっと、何とかなったのだ。
 けれど……今度は――?
「大丈夫、大丈夫だよ、あたしの占いでも、同じように出ただろう? 信じるんだよ、ジーナ……あたしの占いを――自分の占いもね」
「……でも、でもっ!」
「大丈夫。みんな、死なないよ――そう、占いに出ているからね」
 布が、破れてしまいそうなほどに、その小さな手に力を籠め、服を握り締めてくるジーナ……
 縋りつく、その背に手を優しく乗せ、ゼーナはなるべくゆっくりと言葉を紡いでいた。

 これまで、数え切れぬほどの『占い』をしてきた。
 良きこともあれば、悪きこともあった。
 驚くほど鮮明に『占えた』占いもあったが、朧気で、抽象的で、意味のほとんど分からぬ『占い』もあった……
 今回の占いはこれまでにも増して、『驚くほど鮮明』な占いだった。
 恰も、何人たりとも変えることの叶わぬ、『定められた道』であるかのように――
 だが……『決まってしまった未来などない』……そう言ったのは自分だ。
 今回の占いも、自分たちの行動、そしてそれに関わってくる『軍兵』たちの行動如何によって、『変わる』可能性があることは重々承知している。
 それでも……
「大丈夫だよ、ジーナ……絶対、絶対に、助けは来るよ」
 ゼーナは小さく震える背中を擦り、揺るがぬ自信と共にそう言い切っていた。

 ドニヤへと逃げ込む際、グゼナの兵士の攻撃を受けた馬車は、幌布が見るも無残に裂かれ、中の様子が丸見えとなっている。
 勿論、馬車の中で身を潜めていなければならない面々からも、外の様が、見たくなくてもよく見える。
 男でありながら、剣を持って戦うことの出来ぬ悔しさを顔に滲ませ、ジェイダ左大公とグゼナを追われた二人の大臣は、ただ、皆の戦いを見守るしかなかった。
 ジーナの言葉に、三人は、互いにその顔を見やる。
 稀代の占者と言われるジーナも、まだ、十に満たない子供なのだ。
 たった一人の肉親である父の安否に、その小さな胸を痛めるのも、無理からぬことだろう……
 ……こうなる前に、グゼナの兵にこの身を預けてしまえば、他の面々はこんな目に遭わずに済んだかもしれない――そんな考えが頭を過る。
 だが、そんなこと……ここに居る者、誰一人として、望んでいないことも知っている。
 何の為に耐え忍び、ここまで逃げて来たのか……
 その意味が、なくなってしまう。
 彼らが身を挺して、戦ってくれている意味が……

「大丈夫ですよ――あたしと、ジーナの占いを信じて下さい」

 焦燥を募らせる重臣方に眼を向け、ゼーナがそう、微笑んでくる。
 彼女の傍らに付き添うアニタとロッテニーナの二人も、共に、笑みを向けてくれる。
「もう直ぐ……必ず来ますよ、あたし達を助けてくれる『者』が……」
 破れた幌の隙間から覗く、月の無い、夜空を見上げる。
 広く果てのない夜の空に揺蕩う星の河が、瞳に映る。
 雄大な、星河の煌めきを遮る、一つの小さな影も……

「――っ!!」

 ハッと、眼を見開き、体を強張らせるゼーナ。
 その動きと気配に、皆が気付く。
 ゼーナの視線が向けられた空を、同じように見やる。
「……来たの? ゼーナ……」
 守り石をきつく握り、微かに震える声で呟くジーナ。
「ああ、来たよ――来てくれたよ。分かるかい? ジーナ」
 同じ空を見上げる小さな頭に、ゼーナは優しく手を伸ばしていた。
 コクリと頷くその瞳から、堪えていた涙が零れ落ちてゆく。
「分かるよ……分かる。この気配を、あたし、知ってる――」
 もう、言葉が出て来なかった。
 ゼーナの膝に顔を埋めるように、守り石を胸に、蹲ってゆく。
 小さな背中を大きく揺らし、安堵の涙を流す幼き占者……
 ゼーナはその背を優しく撫で擦りながら、星の河を背に宙空を舞う影を――
 棚引く長い髪と、幾本もの煌めく槍を従えたその姿を、瞳に焼き付けるように見入っていた。

 刹那――――


「みんなっ!! 動かないでっ!!!」


 聞き覚えのある、澄んだ、良く通る声音――
 その声を耳にした全員が、動きを止め、星空を仰ぎ見る。
 星の瞬きの中に浮かぶ、黒い影を……
 影と共に浮かび、星の光を弾く幾本もの氷の槍を……
 一瞬の閃光と共に大気を切り裂き、降り注ぐ氷槍の雨を――
 その瞳に、留めていた。
 
          ***
 
 幾体もの怪物の断末魔が、耳を劈き、荒れ地に響く。
 エイジュが上空より放った氷の槍は、一行を取り囲み、襲いかからんとしていた砂蟲の、太く長い胴を貫いていた。

「す……すげぇ――」

 無意識に、呟いていた。
 ほんの、目と鼻の先で……怪物の巨躯が、その動きを止めている。
 犇き合い、先を争うように牙を剥きだしていた蟲共……
 あれほど、歯が立たなかった砂蟲の分厚い皮を、装飾品と見紛う様な美しく細い氷の槍が、いとも簡単に貫き、命を奪っている。