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再見 弐

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只々、嬉しくて仕方がない。

 景琰の懐には大粒の真珠。
 勿論、林殊に渡す物だった。



 この真珠を得る為に、どれだけ苦労したか、、。
━━どこを探しても無かったのだ。真珠一つに、これ程難儀するとは。、、小殊に話して聞かせねば。━━
 多分靖王は、一晩中でも語れるだろう。


 どこで林殊に渡そうか、何と言って渡そうか、、、何度も何度も考えて、そして、何度も何度も変更し、漸く『こうしよう』と決めて、、、だが、一刻過ぎれば『恩着せがまし過ぎる、、かな、、、』と、また考え直す。
 思い巡らす事は、楽しくもあり、苦しくもあり。せっかく苦労して、これだけの大きさの真珠を手に入れたのに、手渡した林殊からは、『小さい』と貶(けな)されそうな気もして、、、、。
 林殊が梅嶺から戻り、それを待ち構えた靖王に、この箱を渡され、何か分からずに箱を開いた時の、一瞬、林殊の顔に浮かぶ、驚きと喜びを見逃さぬ自信はある。
━━私はその一瞬を、待っているのだ。━━
 その後で、どれほど林殊に貶(けな)されようと、悪態をつかれようと、その一瞬が、全て帳消しにする。





 靖王は今、任務を果たし、金陵への帰途にある。




 東海にいる間、暇を見つけては、真珠を探し歩くが、どこにも、そんな真珠は見当たらない。半年の任期は、瞬く間に過ぎ、もう、真珠は見つからぬと諦めかけた。
 だがある日、見覚えのある漁師が、靖王の滞在する官舎を訪れる。
 靖王が、東海の任務に就いて早々、靖王より早く、東海の任に就いた官吏と、漁師の村が揉めていた。
 軍務では無かったが、つい、巻き込まれてしまった。
 あまり酷い事にならぬよう、官吏と漁師たちを仲裁したのだ。
 官吏は、話の分からぬ者では無かった。揉め事は現場で解決でき、官吏が、上役から叱責される事は無いだろう。
 靖王も、それ以上、出しゃばるつもりは毛頭なく、官吏の手柄とさせ、丸く収まった。
 その時の漁師の村の男だった。

「都にお戻りになると聞きまして、、、、。」
と、日に焼けた漁師は、靖王に、皺々で汚れた、小さな紙包みを渡した。
 中身を聞くが、漁師の男は決して答えず。
「殿下が、探していると聞きまして。中身は、他の者にはお見せなさいますな。横取りされてしまいますよ。
 では、これにて、、。」
と、漁師の男は、忙しく去ってしまった。
 漁師の忙しさに、靖王が苦笑した。そして、紙包みを解(ひら)くと、中からは大粒の真珠が出てきた。
 靖王は急いで、外の衛兵に命ずる。
「漁師を追え!。礼をせねば!。」
 だが、漁師は掻き消えたように、官舎から居なくなっていた。
 あの日、靖王が仲裁した後も、暮らし向きが良くなる訳ではなく、酷くなるのが、回避されただけだったのだ。
 寂れた漁師村を、気の毒に思い、些か回せる範囲で、靖王の私財を援助に当てた。
━━きっと、これは村の者からの心付けなのだ。
 これ程大きな真珠なのだ、売ってしまえば、暮らし向きが楽になるだろうに。私に寄こすとは、、。━━
 言葉にならぬ程、有難く、心が温かくなった。
 漁師たちも、売れば金にはなるだろうが、世の中、善人ばかりではなく、小狡い商人に買い叩かれて、幾らにもならなかった事は、何度もあり、痛い目に遭っていた。
 どうせなら、世話になった靖王に贈ろうと、村の者達が決めたのだ。

 加工もしていない真珠を、絹布で磨きぬき、靖王が自分で輝かせた。上等の箱に入れ、常に懐から離さなかった。

 任務は無事に完了でき、その帰京の途も、数日で終わりになる。
 林殊とよく遠出をして、この辺りまでよく来ていた。見覚えのある風景が広がる。
━━私が明日、金陵に戻っても、小殊は梅嶺にいるのだろうが、、、。
 東海での、軍務の報告が終わったら、父上に許しをもらって、私も北の国境に行ってみるのだ。━━
 懐に手を当てれば、ちゃんと箱は入っている。
 幾度も手を当て、懐にあるのを確認し、何度も何度も、林殊に箱を見せた時の驚きを想像し、あっという間に一日が終わるのだ。
━━早く見せたい。日がな一日、この事を考えている。気が変になりそうだ。━━




 遠くから、早馬の蹄音が聞こえる。
 金陵の方角だ。
 蹄の音は、靖王の一行に、次第に近付いているのが分かる。馬は単騎の様だ。
 道のはるか向こうに、小さく姿が見え、姿が大きくなるにつれ、知った者であるのが分かる。
「霓凰か?。」
「霓凰郡主のようですね。」
 側にいる戦英にも、分かった様だ。
「私を迎えに来た訳ではあるまい。何かあったのだ。」
 霓凰の姿が近付いて来るにつれ、只事でないのが分かる。霓凰は血相を変えている。

 漸く靖王の近くまで来る。
 「靖王殿下!!。」
 霓凰は馬を降り、息を切らして、靖王の側へ駆けてくる。
 霓凰の様子からも、馬の様子からも、相当急いで、ここまで来た様子だった。
 靖王も馬から降りる。
「どうしたのだ、何があったのだ?。」
「靖王、、、、、林殊哥哥が、、、林殊哥哥が、、。」
そう言うと、その場で泣き崩れた。
「何っ、、梅嶺が大渝に落ちたのか?!。まさか小殊が、、、。」
靖王がそこまで言うと、霓凰の鳴き声は、更に大きくなった。
「、、嘘だ、、小殊が、、。詳しく聞かせてくれ。」
「私も、、よく分からないの、、、、、祁王が謀反を起こそうとしていて、、赤焔軍と大渝が結託して、、金陵を攻めるって、、、。
 陛下に事が漏れて、、祁王は、、、祁王も祁王妃も、、天牢に囚われてしまったって、、。」
「有り得ない、、、普通に考えても、何故、景禹兄上が謀反だと?。父上から、帝位を簒奪しようとしたと??、。何かの間違いだ。一体どうしてそんな事態に、、。」
「父上は、林殊哥哥との婚約を、解消すると言い出すし、、、、。私、部屋に閉じ込められていたのを、抜け出してきたの。
 極秘に討伐軍が、梅嶺に行っているって、、。そんな、、まさか、、、嘘よね。」
「何か間違いがあったのだ。もしかすると、父上には、別の考えがあって、、、、。」
「林府も封鎖されてしまって、、、林府の人達が、無事なのかさえ、分からないわ、、、。」
「小殊の母は、陛下の妹の晋陽公主なのだ、林府が封鎖されても、林府の者は、そう酷い扱いは受けぬだろう。
 祁王だとて父上の子。ましてや長皇子だ。慎重に審判されよう。直ちに判決が下されることは無い。
 、、、一番危ういのは、、、、。」
━━梅嶺に行かねば。大渝と討伐軍に挟み撃ちされたら、いくら無敵の赤焔軍でも、無傷という訳にはいかぬ。
 、、、まさか祁王と林主帥が、逆心なぞ起こそうはずが無い。何かの間違いだ。━━
 靖王にとっては、祁王も林燮も、忠臣の中の忠臣、忠臣の見本のようなものなのだ。
 靖王は眉を顰(ひそ)めた表情から、きりりと表情を変える。
「戦英、兵士たちを金陵に戻してくれ。私は梅嶺に行く。」
「はっ。」
「靖王殿下!、私も行くわ!!。」
「無茶を言うな、一刻を争うのだ。霓凰のその馬では、灼青について来れぬ。戦英、霓凰を金陵に連れて行ってくれ。」
「お願い、連れて行って。私は役に立つわ。」
「無理だ、霓凰、戦英と戻れ!。」
「嫌っ、私も梅嶺に行くわ!。」
作品名:再見 弐 作家名:古槍ノ標