再見 弐
霓凰は懐から絹布の包みを取り出し、中身を見せた。絹布の中からは、銀の塊が現れた。なにか細かったものが、無惨にぐにゃりと丸まっていた。
「それは何だ?。」
「林殊哥哥から貰った簪よ、、、。父上に潰されてしまったけど、、。」
「雲南王が、、。」
霓凰が、余程、反抗的な態度をとったのか、自慢の娘の持ち物を、捻り潰す程、雲南王は怒ったのだ。
「靖王、行って!。時間が惜しいのでしょ?。」
「ん、、、。」
霓凰に促され、出発しようとしたが、今度は珀斗が動かない。
「、、??、どうした?、珀斗??。」
どんなに靖王が手綱を引いても、頑として動こうとしなかった。
「珀斗?。」
靖王が馬から降りる。
珀斗は梅嶺の山並みを見ていた。
「、、都に行きたくないのか?。」
━━梅嶺に何かがあるのか?。まさか、小殊?。
、、、、、分からない。
小殊が珀斗を差し向けたなら、珀斗は私を小殊の元へ連れていく筈。
、、だが、珀斗は、、。━━
「、、、、、。」
暫く考え、それならば、と、靖王は珀斗の頭絡を外す。珀斗は自由の身だ。
「靖王殿下?、、。」
「珀斗にも思いがあるのだ。珀斗の血筋は、北方の馬なのだろうと、小殊が言っていた。珀斗はどの馬より、寒さに強いと。私と金陵に行くなら付いてくるし、梅嶺に残っても、珀斗ならちゃんと生きてゆける。」
「、、そうね。珀斗なら、、。」
『梅嶺の戦火をくぐり抜け、雪に閉ざされた梅嶺で生き抜いた』と、二人は思った。
「靖王殿下、都で会いましょう!。」
そう言って、霓凰は、馬上の靖王に拱手した。
「ああ、金陵で。」
靖王もまた、拱手を返す。
「はっ!。」
靖王は灼青を走らせた。
すると珀斗は、灼青に付いて来た。
林殊が珀斗を、『気難しい馬』だと言っていたのを、思い出した。『納得しなければ動かない』と。
珀斗は主を林殊と決めていたのだ。林殊がいない今、かつての主の靖王だろうと、信用してはいないのかも知れない。
霓凰は、靖王の後ろ姿と、それを追う珀斗を見て、まるで林殊が、共に駆けているような、錯覚を覚える。
~~そうよ、二人はいつも一緒で、、、。
常に靖王の横にいて、、、何かあれば、お互いが助けてた。
何も言わなくても、互いに呼吸する様に、事を成していたわ。
、、、靖王はきっと、林殊哥哥が守ってくれる。
祁王の冤罪だって、晴らしてくれるわ。~~
父親の雲南王が、祁王を助けることに、難色を示していたのを、思い出した。
霓凰は当然、父親が祁王の味方をし、林燮を窮地から救ってくれるものだと思っていたのだ。
、、、所が、、、霓凰は部屋に軟禁され、家の者と接触することさえ禁じられた。
~~もしかすると、私達が考えている程、物事は簡単では無いのかも知れない。
とすれば、靖王はとんでもない苦労をするわ。
例え祁王を救えても、靖王は陛下や朝臣から、疎まれてしまうかも、、、、。~~
だからこそ、朱弓を委ねて良かったと、、。
朱弓は林府に返さずとも、靖王が傍に持っていても。
~~私は、その辺の男よりも、確実に物事を成せるわ。でも、女の自分には、出来ることが限られている。靖王の方が、上手くいく物事が多いわ。
父上が難色を示してる以上、私が、思ったように動こうとすれば、きっと圧をかけられる。それでも靖王の支援をするわ。
お願い、林殊哥哥、、私達に力をちょうだい、、。
~~
靖王は背後に、珀斗の蹄の響きを、感じていたが、朝日が上りきると、いつの間にか、気配が無くなった。
ふと、灼青を止めて振り返ると、遥か後方に、珀斗の姿があった。
珀斗は、暫く、じっと動かないでいたが、何かを決めた様に、来た道を戻っていった。
珀斗の心が決まったのだろう。
━━珀斗は小殊を梅嶺で待つのだろう。━━
━━小殊が死んだなんて、信じられるか。
あの怪童が、殺して死ぬか?。━━
少し口元に笑みを浮かべ、父親に潰された、簪を見せた霓凰。
霓凰もおそらく、林殊が死んだとは思っていない。
━━霓凰も珀斗も、、小殊が帰るのを待つ気なのだ。━━
この度の出来事は、不審な事ばかりだ。
良く良く調べて、祁王の無実を晴らさねばならない。
金陵に戻り、やらねばならぬ事は多いだろう。
━━私も小殊を待つ。
、、小殊、、早く戻れ。
皆、待っている。━━
「はっ!。」
靖王は都へと、灼青を駆る。
心に強く林殊を感じながら。
━━私は一人ではない。━━
心にも体にも、力が湧き出していた。
─────糸冬──────