再見 弐
元から、人を寄せつけない所はあったが、ますます近寄り硬さが増したような。
いつもはその隣に、林殊が居たのだ。
それは離れていようと、常に、林殊が傍に存在しているかの様な。一人でいても、逞しさがあったのだ。
〜〜靖王と静嬪には、林家の他に、頼るものがなかったのだわ。〜〜
靖王は、どれ程無理をして、梅嶺へ来たのか、痩せて、疲労困憊なのが分かる。東海からの、帰路の姿からは、別人と言っていい程に、痩せてやつれた。
二人は梅嶺の砦へ戻り、馬達に栄養のある軍馬用の飼料をもらい、それぞれも休息を取った。
靖王は暖かな部屋へ案内されると、着の身着のまま、泥のように眠ってしまった。
霓凰に頼まれた兵士が、時折、砦の兵が、靖王の様子を見に行ったが、何かを食べたり、起きた様子も全くないと言っていた。
靖王の身に、何があったのか、下山する途中は何故か言葉をかけるなも憚(はばか)られ、霓凰は一つも聞きたい事が聞けないでいた。
金陵の戻る途中から、単身、梅嶺へ向かった靖王。その靖王を霓凰は追っていったのだ。だが、たちまち離された。見かねた戦英が、靖王の命令を果たさず、霓凰に付いてきてくれたが、霓凰の乗る馬は、その日の内に潰れてしまった。
霓凰が困り果て泣き出すと、戦英が自分の馬を貸してくれたのだ。
そこからは霓凰が、単身で梅嶺まで来た。
『靖王は、丸三日三晩、山から戻らない』と。霓凰が、やっとの事で砦に来て、初めに聞かされた話だった。
『梅嶺は猛吹雪で、靖王殿下を死なせてしまった』と。責任は誰がとるとか、制止も聞かず勝手に行ったのだとか、青ざめる者憤る者、様々だった。
霓凰は、『林殊哥哥の事を聞きたいのに』と、気が焦るが、砦の兵士達は、赤焔軍よりも、靖王の事の方が重大な様子で、それ以外の事は一切聞けなかったのだ。
「靖王を探しに行きなさい!。」
霓凰はイラついて、兵士を叱咤したが、元は都の廵防衛、雪山に恐れをなし、しり込みをし、誰も行こうとしなかった。
「私が探しに行くわ!。」
そう言って霓凰は、颯爽と馬に跨ると、靖王のように雪を巻き上げ、砦の門から出ていった。
「郡主!、なりません!!、危険です!」だの「おやめ下さい」だの、後方から声は聞こえたが、誰一人霓凰を追っては来なかった。
「男のクセに、なんて不甲斐ない者達なの?!!。雲南王府の者だったら、ただじゃおかないのに!。」
そして、山を下る靖王と会ったのだ。
梅嶺で何を見たのか、何があったのか、靖王から、詳しく、見たそのままの状況を聞きたかった。
だが、今は聞く時では無い、咄嗟にそう感じた。
靖王は、酷く傷つき疲れ果てていた。
~~無事に戻った靖王を見て、皆、驚いていたわ。
梅嶺でも、見た事が無い程の大雪から、靖王が生きて戻ったと。
赤焔軍が、天を焦がす程の焔を起こしたから、梅嶺の神仙が怒って、雪で惨事を隠したのだろうと、、。
赤焔軍は梅嶺の天罰で殲滅したのだと、、。~~
〜〜今夜一晩眠ったら、きっと少しは回復するはず。靖王は一級の武人以上の体力はあるのに、雪山でこんなに疲労困憊して、、。〜〜
この梅嶺の荒天で、靖王程の偉丈夫が、気力も体力も削がれてしまった。
それ程、雪山とは恐ろしいものなのだと思った。
〜〜大丈夫、靖王の体は強いわ、必ず回復する。〜〜
靖王は目が覚めたら、そのまま霓凰を砦に置いて、また一人で金陵に向かうかも知れない。
〜〜絶対に、置いていかれたりするもんですか。〜〜
霓凰にも、休む部屋を当てがわれていたが、部屋には行かず、建物の入口の見える場所に、火鉢を運ばせ、壁にもたれて休むことにした。外套を着込み、剣を抱き、朱弓を入れた布包みを側に置き。
靖王が入口の戸に手を掛けたら、いつでも付いて行ける。
〜〜、、眠らないわ、、絶対に、、。〜〜
靖王は、金陵に向かう帰路に、追々、梅嶺での事を話してくれるだろう。
夜明け前、二騎の馬が砦の門をくぐる。
灼青と珀斗の姿だった。
灼青には靖王が跨り、珀斗には鞍が無く、防寒衣だけを纏っていた。
二頭はふと立ち止まり、振り返って砦を見上げる。
━━、、、林殊には会えなかった。━━
長い様で短かった、ここ数日を振り返る。
一晩、暖かい場所で、眠ったからだろうか、頭がすっきりとしていた。
そして幾らかの『希望』が灯っていた。
今、靖王の心には、梅嶺から下りてきた時のような、絶望感は消えていた。
━━小殊は生きている。━━
そう感じるのだ。
「靖王────────!!!。」
次第に大きくなる蹄の音と共に、霓凰の声がする。
酷く怒っている様だ。
馬に乗って、砦の門から出てきた。
「靖王!!!!、酷いわ!、。もうっ!、なぜ私を置いていくの!!。」
「えっ、、気持ち良さそうに寝ていたから、、、。」
霓凰の剣幕に気圧される。何も約束はしなかった筈だと、記憶を手繰った。
「起こしてよ!、私をまた置いて行く気?!、連れて帰ってよ!。」
霓凰の怒気に圧倒される。
てっきり霓凰は、昨晩から目を腫らして、泣きながら寝たのかと、靖王は思っていた。だからぐっすりと寝ている霓凰を、起こせなかったのだ。
そんな霓凰を、頼もしく思い、自分と同じ事を考えているのだと、心強く思った。
確信なのか、願望なのか、どこから来るのかよく分からないが、、『林殊は生きている』と。
ただの勘に過ぎないか、何より強く感じている。
「、、、一緒に帰る気だったのか?。じきに雲南王府からの迎えが到着するだろう。」
「??、、雲南王府???。私は書き置きもせずに出てきたのに、、ここに居るなんて分かるわけないわ。」
「戦英が、都に戻って、知らせただろう。戦英は君に馬を貸した後、どうにか馬を探して戻った筈だ。それに、霓凰が王府から抜け出した理由が、父君に分からないと?。」
「、、、私は、梅嶺までの道中、何があったかなんて、靖王殿下に言ってないわ。私が、戦英の馬に乗っているだけで、何があったか分かるの?。」
「、、、大体は、、、。途中まで戦英が付いてきて、君の馬が潰れたから、戦英が自分の馬を貸したのだろう?。外れてはいまい?。」
「、、、、。」
驚いて霓凰が目を見開いている。
〜〜、、、、林殊哥哥もこんな風に、私が何も言ってないのに、言い当てたわ。〜〜
思い出してはじわりと潤んだ。
「霓凰も早く帰りたいだろうが、私は祁王兄上の事が、気掛かりで仕方がない。また灼青を飛ばして行かねば。
悪いが戦英の馬でも、灼青には付いて来れぬ。、、珀斗なら付いてこれる。だが珀斗は怪我をしている。治りかけてはいるが。何も乗せずに連れて帰りたい。」
「そう、、そうよね。、、確かに、、そうね、、。」
がっかりしていた霓凰だが、意を決したように、靖王に布で巻かれた包みを渡した。
「よく考えたの。これは靖王が持っていて。」
靖王は、包みの感触から、朱弓だと分かった。
「良いのか?。」
「いいの、私にはこれがある。」