「こんにちは」
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まだ日が落ちきっていないことも知っていたし、開け放たれた窓から射しこむ斜陽が、不動に覆い被さる男の年老いた背中を照らし出していることも見て知っていた。自分自身が順調に爛れていく経過をありありと感じられても、止められる一手を伏せてここまで堕落してしまった。
このままでいい、おれは幸せだ……、しかし、不動の楽園も何れは訪れる影山の死によって朽ち果ててしまうのだ。寿命の裾を翻して、男は日に日に俗世間への興味を失っていくが、それでも変わらず少年のままでいる不動を手元に置き続けた。
只管に暴力を振るうように犯し続けるよりも、きめの細やかな肌に浮かび上がった熱を撫でるような相手の生命力と存在を愛でるもののほうが、好ましく思えるようになった訳は、老いだけではないと影山も不動も感じていた。
「アンタはおれとよく似てるけど、なんでおれよりも云十年も早く生まれちまったんだ」
鼻の両脇から伸びたほうれい線を白く頼りない指が辿り、その声色は熱に上擦ることもなく、少年のひたむきな願いが溶けている。
「おれと同じくらいの歳だったら、アンタもずっとこうしていられたのになあ。どうしてなんだよ」
「……お前を独りにするためだ」
よく見ればこの人、今日は顔色が悪い、季節の変わり目はしんどいのか……、と不動は思考し何やら鼻の奥がキュッと引き締まった気がした。