サヨナラのウラガワ 7
サヨナラのウラガワ 7
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
どういうことだ。
考えても考えても、わからない。
なぜ、私がここにいる?
座に、引き戻されようとしていたのは、私だ。
いつものように日没に近い頃合い、士郎がそろそろ駆け込んでくると思っていれば、案の定、玄関の方から駆けてくる足音がした。
安堵の息を吐いて、そうして……。
なぜ、私はここに?
そして、士郎はどこに?
「どう……、なっているんだっ!」
吐き出した声は、冷えた大気に吸い込まれるうように消えていく。答えるものなど全くない。
地面に残る足跡は、玄関の方から続いてきている。その跡を残した士郎は、跡形もなく消えている。
何がどうなっているのか。
私が消えるなら仕方がない、士郎の契約よりも強い縛りが守護者の契約にあったと諦めることができる。だが、士郎は……。
「あのとき、なんと言った?」
消えてしまう前に士郎が言ったのは、別れの言葉。その前には、確か……。
「代わってやれればいいとか、なんとか……」
それなのか?
代わってやると言った言葉が、原因か?
「馬鹿な……。代わるとか、そういう問題では、」
だが、士郎とてエミヤシロウだ。この世界に生きているとはいえ、エミヤシロウという存在であるはず。
「まさか、そんなことが……?」
あるはずがないと思うが、この現状がすべてを示している。
私ではなく士郎を座に連れ戻した、というのか?
士郎がエミヤシロウだから?
「そんな……」
膝をついた。
呆然と虚空を見上げる。
馬鹿馬鹿しい、と思いながら、それが真実だと理解できている。
「……っざ、けるなっ!」
地面に拳を叩きつけたところで、何が変わるわけでもない。それでも、憤りを吐くくらい、好きにさせろ。
「っくそ、なぜだ……っ」
なぜ、士郎が?
エミヤシロウであれば、なんでもいいのか?
まだ、たった十八年生きただけの少年に、いったい何ができる?
守護者など、あんな、胸糞の悪い…………。
「っ……、だめだ! 今すぐ、連れ戻し……」
どうやって、連れ戻せばいい?
座に引き戻された士郎を、どうやって?
いや、そもそも、私の代わりに座に還ったかどうかなど、確かな証拠も確かめる術もない。
だが、状況証拠は揃っている。私の座に士郎は連れ去られたという考えは間違いではないはず。
では、私が座に戻ればいい。士郎との契約が切れてしまうが、私が守護者に戻れば士郎はこちらに戻されるはずだ。
ならば、迷うことなどない。
「トレース・オ……」
剣を投影しようとして、失敗した。
「なに? どういうこ……、と……」
唖然としてしまう。魔力が、いや魔術回路が、何もかもが未熟な値だ。
「これは……」
己の手を見つめて、違和感を覚える。
「違う……」
私の手ではない。どちらかというと、士郎の手のような……。
立ち上がり、縁側へ駆け寄り、ガラスに映る己を見て、また唖然とした。
「士郎……」
いや、そこに士郎がいるのではない。覚束ない足取りでガラス戸に近づき、そこに映った自身が、士郎の姿であることに呆けてしまう。
「どうしてだ……士郎…………」
なぜ、こんな仕打ちをする?
私はお前の恋人だろう?
だというのに、お前は私を残して、忘れるなとでもいうように、お前の姿にして……。
「これが、お前の答えなのか?」
こんなことが、士郎にできるはずがないというのに、恨みがましく訊きたくなる。
私への気持ちが憧れの延長でしかないと気づいたお前は、私の前から消えて、こんな仕返しをするのか?
見当違いの思考へと、どんどん向かってしまう。
ギリ、と歯が軋んだ。
「……捕まえてやる」
ガラスに映る士郎を睨みつけ、拳を握りしめる。
「必ずお前を、喚び戻してやる!」
目的は決まった。
あとは、そこへ真っ直ぐに突き進めばいい。
一度は、英霊になるまでこの身を鍛えたのだ、二度目であれば、どうということはない。
「待っていろ、士郎。必ず捕らえて、後悔させてやろう、私に与えたこの仕打ちを」
また私は八つ当たりのような感情に突き動かされそうになる。
「っ、いや、違う……、士郎、お前を……」
口にしかけた言葉を飲み込む。私には、そんなことを言う資格がない。この腕の中に、などと言えるはずもない。
「っ……、お前に……」
ただ、守護者を肩代わりなどさせるわけにはいかないからだ、と、もっともらしい理由を言い訳がましく思うことしかできなかった。
これからどうするべきか……。
そんなことを考える。
薄情な奴だと自分でも思う。この状況で、もう己のやるべきことを考えている。
まがりなりにも恋人だという関係であった士郎が目の前から消えて、今、魔術師見習いである己にできることはない、と結論を出している。
だが、士郎が私の代わりに英霊エミヤの座に還ったのかどうかもわからないのであれば、どうすることもできないではないか。
現状、私にはなんの手立てもなく、助けを請えるツテもない。正直なところを言えば、どうすればいいのか見当もつかないのだ。
英霊であったといっても、こんな事態に遭遇したことはない。したがって、何をどうすれば、など思いつきもしないのは、仕方がないと思う。
「だからと言って……」
士郎を諦めたわけではない。必ず捕まえてやる。今はその時ではない、というだけのこと。
「今は……」
そう、今は、でき得る限りの努力を惜しまない。すべてを懸けて私自身を、いや、この衛宮士郎の身体を魔術ともども鍛え上げる。あと少しで終わる高校生活も全うし、既に決まっていた時計塔への留学もこなしてみせよう。
ただ、この状況を誰にも相談できそうにないということは、誰のアドバイスも助けも受けられない。であれば、己の力のみで解決しなければならないということは、はっきりしている。
こんな話を誰が信じるだろう。
代わってやると言ったから、英霊と中身が代わってしまった、など。
凛に説明したところで証拠になるものはない。そして、セイバーの目でもってしても、私が英霊エミヤであるとは見破ることはできないだろう。
自分でも感じられるのだ。私はただの人間になっている、と……。
ガラスに映る自身の姿は、目の前で消えた衛宮士郎のもの。では、誰から見ても、私はこの世界の衛宮士郎なのだ。ならば、この世界では、この身で生きなければならない。いつか、士郎を捕まえて、この身に戻ることができるように手筈を整えていよう。
「こんなことをして、私が喜ぶとでも思ったのか、あのたわけは……」
士郎が何を考えていたのか、今でも謎だ。
ずっと、こんなことを企んでいたのだろうか?
いや、あれは、咄嗟に口走っただけに過ぎないのではないか?
では、士郎自身も、今、驚きに右往左往していることだろう。
しばらく逡巡していたが、放置していた洗濯物のことを思い出し、手早く取り込み、庭に放置されている士郎の鞄を拾って縁側から屋内に入る。
いろいろと混乱してはいるが、日常の家事は疎かにしない。私は、いや、エミヤシロウは根っからの主夫気質だと、我ながら呆れてため息が出てしまう。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
どういうことだ。
考えても考えても、わからない。
なぜ、私がここにいる?
座に、引き戻されようとしていたのは、私だ。
いつものように日没に近い頃合い、士郎がそろそろ駆け込んでくると思っていれば、案の定、玄関の方から駆けてくる足音がした。
安堵の息を吐いて、そうして……。
なぜ、私はここに?
そして、士郎はどこに?
「どう……、なっているんだっ!」
吐き出した声は、冷えた大気に吸い込まれるうように消えていく。答えるものなど全くない。
地面に残る足跡は、玄関の方から続いてきている。その跡を残した士郎は、跡形もなく消えている。
何がどうなっているのか。
私が消えるなら仕方がない、士郎の契約よりも強い縛りが守護者の契約にあったと諦めることができる。だが、士郎は……。
「あのとき、なんと言った?」
消えてしまう前に士郎が言ったのは、別れの言葉。その前には、確か……。
「代わってやれればいいとか、なんとか……」
それなのか?
代わってやると言った言葉が、原因か?
「馬鹿な……。代わるとか、そういう問題では、」
だが、士郎とてエミヤシロウだ。この世界に生きているとはいえ、エミヤシロウという存在であるはず。
「まさか、そんなことが……?」
あるはずがないと思うが、この現状がすべてを示している。
私ではなく士郎を座に連れ戻した、というのか?
士郎がエミヤシロウだから?
「そんな……」
膝をついた。
呆然と虚空を見上げる。
馬鹿馬鹿しい、と思いながら、それが真実だと理解できている。
「……っざ、けるなっ!」
地面に拳を叩きつけたところで、何が変わるわけでもない。それでも、憤りを吐くくらい、好きにさせろ。
「っくそ、なぜだ……っ」
なぜ、士郎が?
エミヤシロウであれば、なんでもいいのか?
まだ、たった十八年生きただけの少年に、いったい何ができる?
守護者など、あんな、胸糞の悪い…………。
「っ……、だめだ! 今すぐ、連れ戻し……」
どうやって、連れ戻せばいい?
座に引き戻された士郎を、どうやって?
いや、そもそも、私の代わりに座に還ったかどうかなど、確かな証拠も確かめる術もない。
だが、状況証拠は揃っている。私の座に士郎は連れ去られたという考えは間違いではないはず。
では、私が座に戻ればいい。士郎との契約が切れてしまうが、私が守護者に戻れば士郎はこちらに戻されるはずだ。
ならば、迷うことなどない。
「トレース・オ……」
剣を投影しようとして、失敗した。
「なに? どういうこ……、と……」
唖然としてしまう。魔力が、いや魔術回路が、何もかもが未熟な値だ。
「これは……」
己の手を見つめて、違和感を覚える。
「違う……」
私の手ではない。どちらかというと、士郎の手のような……。
立ち上がり、縁側へ駆け寄り、ガラスに映る己を見て、また唖然とした。
「士郎……」
いや、そこに士郎がいるのではない。覚束ない足取りでガラス戸に近づき、そこに映った自身が、士郎の姿であることに呆けてしまう。
「どうしてだ……士郎…………」
なぜ、こんな仕打ちをする?
私はお前の恋人だろう?
だというのに、お前は私を残して、忘れるなとでもいうように、お前の姿にして……。
「これが、お前の答えなのか?」
こんなことが、士郎にできるはずがないというのに、恨みがましく訊きたくなる。
私への気持ちが憧れの延長でしかないと気づいたお前は、私の前から消えて、こんな仕返しをするのか?
見当違いの思考へと、どんどん向かってしまう。
ギリ、と歯が軋んだ。
「……捕まえてやる」
ガラスに映る士郎を睨みつけ、拳を握りしめる。
「必ずお前を、喚び戻してやる!」
目的は決まった。
あとは、そこへ真っ直ぐに突き進めばいい。
一度は、英霊になるまでこの身を鍛えたのだ、二度目であれば、どうということはない。
「待っていろ、士郎。必ず捕らえて、後悔させてやろう、私に与えたこの仕打ちを」
また私は八つ当たりのような感情に突き動かされそうになる。
「っ、いや、違う……、士郎、お前を……」
口にしかけた言葉を飲み込む。私には、そんなことを言う資格がない。この腕の中に、などと言えるはずもない。
「っ……、お前に……」
ただ、守護者を肩代わりなどさせるわけにはいかないからだ、と、もっともらしい理由を言い訳がましく思うことしかできなかった。
これからどうするべきか……。
そんなことを考える。
薄情な奴だと自分でも思う。この状況で、もう己のやるべきことを考えている。
まがりなりにも恋人だという関係であった士郎が目の前から消えて、今、魔術師見習いである己にできることはない、と結論を出している。
だが、士郎が私の代わりに英霊エミヤの座に還ったのかどうかもわからないのであれば、どうすることもできないではないか。
現状、私にはなんの手立てもなく、助けを請えるツテもない。正直なところを言えば、どうすればいいのか見当もつかないのだ。
英霊であったといっても、こんな事態に遭遇したことはない。したがって、何をどうすれば、など思いつきもしないのは、仕方がないと思う。
「だからと言って……」
士郎を諦めたわけではない。必ず捕まえてやる。今はその時ではない、というだけのこと。
「今は……」
そう、今は、でき得る限りの努力を惜しまない。すべてを懸けて私自身を、いや、この衛宮士郎の身体を魔術ともども鍛え上げる。あと少しで終わる高校生活も全うし、既に決まっていた時計塔への留学もこなしてみせよう。
ただ、この状況を誰にも相談できそうにないということは、誰のアドバイスも助けも受けられない。であれば、己の力のみで解決しなければならないということは、はっきりしている。
こんな話を誰が信じるだろう。
代わってやると言ったから、英霊と中身が代わってしまった、など。
凛に説明したところで証拠になるものはない。そして、セイバーの目でもってしても、私が英霊エミヤであるとは見破ることはできないだろう。
自分でも感じられるのだ。私はただの人間になっている、と……。
ガラスに映る自身の姿は、目の前で消えた衛宮士郎のもの。では、誰から見ても、私はこの世界の衛宮士郎なのだ。ならば、この世界では、この身で生きなければならない。いつか、士郎を捕まえて、この身に戻ることができるように手筈を整えていよう。
「こんなことをして、私が喜ぶとでも思ったのか、あのたわけは……」
士郎が何を考えていたのか、今でも謎だ。
ずっと、こんなことを企んでいたのだろうか?
いや、あれは、咄嗟に口走っただけに過ぎないのではないか?
では、士郎自身も、今、驚きに右往左往していることだろう。
しばらく逡巡していたが、放置していた洗濯物のことを思い出し、手早く取り込み、庭に放置されている士郎の鞄を拾って縁側から屋内に入る。
いろいろと混乱してはいるが、日常の家事は疎かにしない。私は、いや、エミヤシロウは根っからの主夫気質だと、我ながら呆れてため息が出てしまう。
作品名:サヨナラのウラガワ 7 作家名:さやけ