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サヨナラのウラガワ 7

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 ため息ついでに、明日から高校生というものをやらなければならないことに思い至り、肚の底から、さらなるため息をこぼしてしまった。
「とにかく、慣れなければな……」
 一度やったことのある人生を、もう一度やらなければならないというのは、少し精神的にダメージを被る。絶対に士郎と同様でなければならない、というものではないだろうが、あと一月足らずを問題なく学校で過ごすことに専念しなければならないだろう。
「は……、骨の折れることになりそうだ……」
 気恥ずかしさもあいまって、憂鬱な気分で洗濯物を片付け、夕食の準備に取りかかった。



 夜になり、暗い士郎の部屋の明かりを点けた。いつもは明かりなどなくとも私には士郎の姿が見えていたので、布団を敷くのにも照明を点けた試しなどない。
 だが、この身体は普通の人間で、照明の下でなければ夜の活動は制限される。
 少々不便だと思うのは、私が英霊に慣れていた証なのだろう。だが、今は、ただの人だ。しかも高校生とは……。
 無理があるのでは、という弱音は吐き飽きた。やるしかないのだ私には。他に選択肢などないのだから……。
 がらん、とした士郎の部屋を見ていても何もはじまらない。もしかして士郎がいるのではないか、と淡い期待を抱いていた自身を引き剥がすように台所に戻った。

 家事を終わらせ、土蔵で鍛錬を行い、この身を今日の限界まで鍛えた。多少の疲れがあるが、無理をし過ぎてはいない。
 布団を敷き終え、机の側に置いたままの士郎の通学鞄を開けた。明日から高校生として学校に通わなければならない。高校三年生ということもあって、期末試験などはもう終わっている。士郎は大学受験をするわけではないので卒業式まで各教科の単位を満たせばいいだけだ。
 二月も半ばを過ぎている。思い返せば一年前は、士郎と契約をして間もないころで、互いにギクシャクしていた。
 やっと慣れたころ、私へ向けられる士郎の視線が普通ではないと気づいたのだったか……。
 そうして、あの赤いあくまに乗せられるように士郎と恋人になり、それから…………。
 室内を見渡す。
 違和感が拭えない。
 この部屋に、私だけがいる。
 ここにはいつも士郎がいた。士郎の部屋なのだから当たり前の話だ。
 だが、いない。
 士郎は、ここにはいない……。
 なんだというのだろう、この虚脱感は。
「あのときと、同じだ……」
 士郎が新都のアパートに私を押し込めていたときと同じ。
 いや、あれより酷い。士郎の気配も繋がりすら今は感じられない。
「なぜ、こんなことに……」
 どうしてこうなったのか、誰かに問い質したい。正しい答えを与えてほしい。
「私は、どうすれば、よかったのだ……」
 恋人でいることに士郎は嫌気がさしたというのか?
 だが、士郎の私への気持ちは初めから変わっていないように思えた。
 それは、ただの思い過ごしなのか?
 本当は、迷惑だったというのか?
 いい加減に、座に還れと思っていたのか?
「…………」
 次々湧く疑問に答える声はない。
 私はずっと、こんな重苦しい想いを抱えていくのか……。
 士郎に会うことができたなら、この疑念は消えるのだろうか……。
 不安は拭えない。
 士郎として過ごすことも、人らしく過ごすことも。
 ただ、一つだけ、確かな目標がある。
 この身体を鍛え、魔術師として成長し、いつか私の代わりに守護者になっているであろう士郎を召喚する。
 それが、何よりも優先すべきことだ。
 ふと気づけば日付が変わっている。明日の準備をして、就寝することにした。
 今は英霊の身ではない。身体は士郎のものであり、人間は睡眠を取らなければ身体を壊し、精神まで蝕まれる。
 難儀な身体だと思うのは、私が守護者というものにどっぷりと浸かりきっていたからだろう。
 この身体はサーヴァントではない。強靭ではないし、ケガや病気もする。そして、私の身体ではないのだ。いわば、借り物。なおさら傷などつけるわけにはいかない。
「お前に返すまで、大切にする……」
 見つめていた掌をそっと身体に回した。自分自身を抱きしめるなど、どんなナルシストだと嗤いたくなるが、士郎の身体だと思うと、不思議とそんな気も失せる。
「……何をしているのか、私は」
 ため息をこぼして、士郎を抱きしめているみたいだと思っていたが、何やらアブナイ方へ向かいそうだと気づき、その思考にはそっと蓋をした。



Back Side 17

 ――――負い目からだった。
 アーチャーは、朝食の準備をしながら思い起こす。
 咄嗟に受け入れてしまった士郎との契約を心から受け入れる気になったのには、凛への負い目があったからだという結論をアーチャーは出した。
 凛を聖杯戦争に勝たせるためだとはいえ、裏切り行為を働いたことは取り消せない。しかも、捕われた状態の彼女は聖杯の核にされようとしており、その上、間桐慎二に乱暴を働かれる寸前だったというのだ。
 後からその話を聞いたときには、さすがに背筋が寒くなった。
 凛と袂を分ったときにはランサーが彼女のそばにいた。ランサーは敵ではあったが、根っからの英雄である。道理に外れるようなことはしないという確信があった。彼女を任せられると、手前勝手ではあるが、そう信じることができた。
 だが、ランサーがついているなら大丈夫だろうなどとタカを括って、彼女を危険な目に遭わせたことをアーチャーはどこか後ろめたく思っていたのだ。
 ――――理由はどうあれ、彼女を傷つけたことに変わりはない。
 魔術師として生きていくことを幼い頃から義務付けられ、それに見合う努力をしてきた凛は確かに魔術師として気丈に生きている。が、傷つかないわけではない。魔術師とはいえ中身はまだ十代の少女なのだ。いくら魔術師としての知識や経験が豊富でも、人としての経験までもが加味されるわけではない。
 男に乱暴されそうになるという恐怖を味わわせてしまったことは、アーチャーにとって多大な影響を及ぼした。守護者であるという頑なな矜持を曲げさせるほどに……。
 知らなかったとはいえ、なんてことをしたのか、とアーチャーなりに悩んだりもした。しかも、アーチャーは凛の再契約の申し出を断ってもいる。ここに残る意味がないと言って。だが、士郎と契約が成ってしまったために、バツが悪い思いをしながらも現界することになった。
 裏切り行為と危険な目に遭わせたことを謝るべきか、と逡巡するアーチャーに、凛はあっさりと”水に流しましょう”と言った。それよりも、士郎との契約状態の方が喫緊の問題だから、と。
 確かに、魔力量が少なく、直接供給などという儀式でしか現界することのできない己は、過ぎたことにごちゃごちゃと言い訳をしている場合ではないという状態だった。
 結局、目の前の問題に集中している間に、凛への呵責は次第に薄れていき、いつの間にか士郎との契約をどうにかすることに思考が向かうようになっていた。
 そんなアーチャーの心情を知ってか知らずか、凛は、士郎とどうにかなってしまえ、などという暴言を吐き、あれよあれよという間にこんな事態に陥っている。
作品名:サヨナラのウラガワ 7 作家名:さやけ