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サヨナラのウラガワ 8

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サヨナラのウラガワ 8


Back Side 20

 同じような光景を、この数年間見続けてきた。
 瓦礫に埋もれた街、砂埃で視界が遮られるような乾燥した廃墟。
 諦めとともに息を吐いて、アーチャーはここに用はない、と、いつものように後ろ髪を引かれる思いのまま、この壊れた街を離れるべく足を踏み出す。
 何も変わらない。
 この数年間噛み締め、思い知った。ままならない現実を今日もまた、ひしひしと感じている。
「一度、日本に…………」
 ずいぶんと留守にしてしまっている衛宮邸に久しぶりに帰ろうかと、そんな考えが頭をよぎって……、アーチャーは呆けたように棒立ちになる。
 いつもと同じ光景のはずだ。
 また今回も無駄足だったと、そう思いながら廃墟を後にするはずだった。もうここに用はないと、いつものように……。
 目を凝らして、なんとか見ようと試みる。英霊であったときならば確信が持てただろうが、今は少しばかり視力の良い普通(魔術師であるためにそうとも言いきれないが)の人間だ。
 したがって、不確かな視覚の情報を、希望を捨てて精査する。
 それでも、アーチャーの結論は一つに絞られていた。
 視界を奪うような砂埃。その中で、ひと際、目に沁みるような赤。
「あ……れ、は……」
 見覚えがある、などというものではない。
 あれは、アーチャーの概念武装だ。守護者としてではなく、自らの意志で在るときに纏う赤い外套。それとそっくりそのままの姿の者がそこに存在している。
「なん……っ」
 うまく声が出ない。期待してもいいのかどうか、アーチャーは、先走りそうになる気持ちを抑えようとする。期待してはだめだと自制をかけて、それでも、この目に映る現実が確かな証拠だと頭の中で葛藤する。
 ――――夢かもしれない。
 そんな、子供じみたことを思う。子供じみたついでに、さらに、自分の頬を抓ってみた。痛いと思うそばから、その痛みもつい忘れてしまいそうになる。
 ――――本物か?
 疑念は拭えない。目の前で相対するまでわからない。この距離での判断は難しい。
 アーチャーには、その形が見える、という程度のもの。人相などを判断できる距離ではない。今のアーチャーは、やはり魔術が使えるというだけの、普通の人間なのだ。
 常人よりも少し良い視力という程度では、数百メートル離れた人物の表情や顔つきなど全く見えない。
 もしかすると、並行する別の世界というものがあり、そこの守護者となったエミヤシロウが現れたとも考えられる。アーチャーの追い求める士郎ではないかもしれない。
 だが、違う、とわかる。髪が白くないのだ。砂埃の中、この距離でも白い髪でないことだけは、はっきりしている。
 捕まえなければ、と思うが、アーチャーは呆然としたまま動けない。
 この数年、ずっと願い、ずっと探し求めた者だ。ここに現れたのは奇跡だと感じている。
 動かなければ、その者をこの手で捕まえなければ、と、わかっているというのに、突然の邂逅にアーチャーは、自身が尻込みしていると頭の隅で冷静に分析していた。
「士郎……、なのか?」
 ぽつり、と呟く。
 この距離では声を張り上げなければ、相手には届かないというのに、そんな当たり前のこともすっ飛んでしまうくらいにアーチャーは混乱している。だが、ようやく一歩、踏み出すことができた。その一歩が呼び水となって、アーチャーの足はゼンマイ仕掛けのカラクリのように土を蹴って駆け出す。
 こちらに気づいたらしいその者に、アーチャーは今度こそ声を限りにその名を呼ぼうと、息を吸い込んだ。
 同時に百メートル程先では、近づいてくるアーチャーを認め、その者は右手に緑光を纏わせ、瞬時に剣を作り出している。
「っ!」
 息を呑んで足を止め、アーチャーは目を剥く。
「な……っ」
 その者は作り出した剣を、左手に持った弓につがえ、こちらへ的を絞り――――、
「くそっ! 熾天覆う七つの円環!」
 何を置いても、ここは防御だ。
 矢となったその剣の威力を、アーチャーは嫌というほど知っている。何しろ、聖杯戦争の折、かのバーサーカーを死に至らしめたほどのものだ。バーサーカーがヘラクレスでなければ、確実に倒せていた宝具と言っても過言ではないだろう。
 その特級の飛び道具を、今、こちらへ向けて放たれたのだ。並の盾では防げない。しかも、逃げるにはもう遅すぎる。であれば、アーチャーは全霊をもってしてその剣を受け止めるしかない。
 突き出した右手の前に花弁のように開いた盾は、どうにか一撃を受け止めている。だが、剣の威力はいまだ衰えず、踏ん張る足元の砂礫が後方へと飛んでいく。
 このままでは埒が明かない、とアーチャーは魔力をさらに絞り出す。だが、このまま拮抗していてもジリ貧だ。解決策を模索しつつ、ちらり、と視線を背後に向ける。そこに守るものはない。
 ならば、とアーチャーはタイミングを図り、その剣撃を右へと躱した。
 背後の瓦礫を巻き込みながらすべてを吹き飛ばし、剣は一瞬で遥か後方まで飛んでいく。それを目で追う必要もなし、と判断したアーチャーはすぐさま意識を正面に戻す。
 予想していた通り、閃く刃が襲いかかってきていた。咄嗟に手持ちのサバイバルナイフで応戦する。
 キンッ!
 甲高い音とともにナイフが折れたが、アーチャーは焦ることもなく、当然だ、と苦笑いを吐き出した。
 間髪入れず繰り出される見覚えのある剣に、ほっと息を吐き、アーチャーは両手に魔力を流す。
「投影、開始」
 手に馴染んだ夫婦剣は、振り下ろされた全く同じ夫婦剣を受け止めた。
「士郎、いい加減に――、っ」
 やめろ、と言おうとしたアーチャーの頬を切っ先が掠める。
「…………」
 赤い血が一筋伝い、すぐさまとって返して襲ってくる剣撃に、無性に苛立つ。
 この数年、ナリを潜めていたこめかみの青筋が立ち、眉間には深いシワが刻まれた。
「この…………、大人しくしろっ!」
 剣ではなく拳が相手の頬にヒットし、よろけたその顎を掴んで地面に押さえ込む。
「ぅ、ぐ……」
 小さな呻き声を上げ、地面に押さえつけられ、もがいている者は、目を白黒させている。アーチャーの拳は、思った以上にクリーンヒットだったらしい。英霊とはいえ、軽く目眩を起こしているようだ。
「士郎」
 もがいていた全身が、びくり、と跳ね、何度も瞬く瞼の奥の、琥珀色の瞳がアーチャーを映す。
「士郎、ようやく……」
 呆然として言葉もない様子の士郎は、何が起こっているのかも理解していないようだ。
「……やっとだ…………っ」
 馬乗りになったまま士郎の両肩を掴み、その顔の側の地面に額をつき、うずくまるような格好で抱きつく。
「……だ……れ…………だ……?」
 微かな、掠れた誰何が耳に届く。ぐ、と歯を食いしばり、かたく瞼を瞑った。士郎の肩を掴んだ手指に、知らず、力が籠もる。
 何年、という人間が感じる通常の時間というものが守護者にあるはずがない。それはアーチャー自身が身をもって知っている。アーチャーとて、人であったころの記憶など遠い霞の向こうにあるかないか、という程度だ。したがって、士郎が己を見知らぬ者と認識しても仕方がないとはわかっている。
作品名:サヨナラのウラガワ 8 作家名:さやけ