サヨナラのウラガワ 8
今なら引き返せるだろう。やっぱり無理そうだって、アーチャーに……、いや、ダメだ。こんなことで逃げていたら、前進なんてできやしない。
日本に帰らなくちゃならないんだ。アーチャーのためにも、頑張らないとダメだ。俺の身体と魔術を鍛えてくれたアーチャーに応えるためにも、こんな初歩で引っ掛かってどうするんだ。
「お前はついてくるだけでいい。買い物は私がする。人の多さに慣れることに集中しろ」
アーチャーに気を遣わせている。
一人で買い出しに来る方がはるかに時間がかからないのに、わざわざ俺を連れて来て……、その上、毎日毎日俺の面倒を見て……、英霊にさせることじゃないだろ……!
自己嫌悪に陥ってしまう。
俺は、アーチャーになんてことをさせているんだ……。
暗い色のシャツがほんの少し前にある。時々立ち止まって、お店の人と二、三やりとりして、アーチャーは品物を手提げ袋にしまい、再び歩き出した。
顔を上げないまま、アーチャーのすぐ後ろをついて歩く。早く終わってくれと何度も願いながら、走ってもいないのに呼吸を乱してしまう。
視界が霞む。
酸素が吸えない。
水中にいるみたいに苦しい。
そういえば、魚って、水から出ると、こんな感じになるんだろうか……?
つい、変なことを考えてしまう。
バカだな、って思おうとしたとき、
パンッ――――!
破裂音に身体も鼓動も跳ねた。
なん、だ、今の……?
銃の音なのかも、と振り返る。
「ぁ……」
しまったと思ったけど、後の祭りだ。
人がいる。数えるのは少し億劫な程度に、人がいる。
「っヒッ……」
呼吸が喉に貼り付いた。
人が、いる……。
ひとがいる……。
ヒトガ、……イル……。
――――殺さなきゃ、終わらない――――殺さなきゃ……。
瞬時に判断ができた。これなら、大丈夫。
殺される前に、殺すことができる!
「トレース、オ――」
魔力を籠めた右手首を強く握られ、そちらを振り向く。
鈍色の瞳が静かに俺を映していた。
「何をしようとしている」
「あ……」
パリ、と魔力の緑光が掌で小さく弾けて消えた。
俺は…………何を――――……。
サヨナラのウラガワ 8 了(2020/12/13)
作品名:サヨナラのウラガワ 8 作家名:さやけ