その先へ・・・6
(1)
『受け取りました。
手短に。
あなたが報告してくれた少女は、恐らくわたくしが知る人物と
同一だと思われます。
彼女にわたくしたちの事は話さないように。
あなたの身が危なくなります。
このまま見守り、また報告して下さい。
いつもありがとう。気をつけて』
『わたくしたちの亡命の話、進めてください。
あの子は少し頭を冷やす必要があります。
まっすぐで一途な所はあの子の美点ではありますが、
それが過ぎると危険を招く事は
あなたも周知の事でしょう。
もうひとつ。
ユスーポフ侯爵家にドイツ人の少女が滞在している情報があります。
わたくしの知り合いと思われます。調べられますか?』
茶封筒の中から、見覚えのある筆跡で書かれた暗号の手紙が出てきた。
書いた人の性質を表し、きっちりと細かく書かれている。
間違いなくアルラウネその人の手によるものだった。
胸の奥がチクリとした。それが懐かしさなのか、彼女への後ろめたさなのかはアレクセイ自身判別出来なかった。
一枚目はゲオルギー・バザロフ宛だろうと思えた。
二枚目は誰に宛てたものなのかは分からないが、内容からするとアレクセイがアルラウネと袂を別つ寸前のものだ。
どちらの手紙にもユリウスの存在が書かれていた。彼女はユリウスがロシアにいる事を知っていたのだ。
知っていながら、何も話してはくれなかった。
今更ではあるのだが少なからずショックを受けた。
あの頃……。
アレクセイはかなり荒れていて、保護者として又は指導役として小言を言うアルラウネを意識的に避けていた。
ロシアへ戻り、アルラウネの指導のもとに活動に没頭したが、自分の思想の変化や、ロシアの今後を憂えもどかしさを抱えていた。
そして空虚感に苛まれ何をしても満たされなかった。
理由は明らかだった。
ユリウスのいない喪失感……。
アレクセイは彼女の面影を振り払うように寝る間も惜しんで活動したが、それが癒える事は無かった。
彼の思惑とは関係なく、周りの女性達は若く精悍なアレクセイにすり寄ってきた。
初めは無下にはねのけていたが、ユリウスを忘れたくて……否、ユリウスを無性に求めたくて、すり寄ってくる女性達に誘われるまま次々と関係をもった時期があった。
女性達の柔らかで甘美な肌に触れ、心の奥深くにぽっかりと空いた穴を埋めようとしたのだが、望んだ結果は得られず余計にユリウスへの想いがつのるという悪循環に苛まれた。
女たちとはどれも仮初めの関係で終わった。皆アレクセイが自分を必要としていない事を敏感に感じ取り、女たちの方から離れていったのだ。ゆえに決して女性問題に悩まされる事は無く、周りの男たちに羨ましがられた。
そんな彼を最初の頃は黙認している様なアルラウネであったが、あまりにも目に余ったのだろう、しばらくするとアレクセイを呼びつけて注意してきた。
ユリウスとの事を知っていた彼女としては、アレクセイがそんな風に女性達と次々に関係を持っていくことに驚いていたのかもしれなかった。
「女性と付き合うな、とは言わないわ。ただ最近のあなたはどうかしていると思わざるを得ないわ」
「……」
「あの金髪の天使さんを想っていたのではなかったの?」
「……あんたも女だったんだな。それとも本来はロマンチシストだったのか?」
「どういう意味?」
「……さあな」
「アレクセイ!あなた……!」
「あいつの事は言うな!関係ない。あいつを想っていたって、どうしようも無いのは明らかだろう。それに……もう終わらせた事だ」
そう言い放った時のアルラウネの青ざめた顔色はどういう意味だったのだろうと、思い返すのだが今となっては知る由もない。
ただわかる事といえば、あの時の自分の言動はアルラウネに対する反抗期の様なものもあったのかもしれない、という事だ。
その後、彼女の導きと自分の思想に決定的なブレが生じ、より一層反抗の度合いが増していったのだ。
そんな微妙な時期に、彼の想い人がロシアにいて、あろうことか敵方の有力者の許にいるなどという爆弾発言はいくらアルラウネといえども言える筈もなかったのだろう。
言えばアレクセイを更なる悩みの深淵へと落としてしまう事は明白だったからだ。
「あの……実はあなたに渡したいものがまだあるのですが」
遠い昔に思いを馳せていたアレクセイは、イワンの控えめな言葉にハッとした。
「アルラウネの連絡文がまだあるのか?」
「ここではちょっと……」
アレクセイは手紙を封筒に戻し、イワンを促し彼が働く目の前の店に向かった。
『受け取りました。
手短に。
あなたが報告してくれた少女は、恐らくわたくしが知る人物と
同一だと思われます。
彼女にわたくしたちの事は話さないように。
あなたの身が危なくなります。
このまま見守り、また報告して下さい。
いつもありがとう。気をつけて』
『わたくしたちの亡命の話、進めてください。
あの子は少し頭を冷やす必要があります。
まっすぐで一途な所はあの子の美点ではありますが、
それが過ぎると危険を招く事は
あなたも周知の事でしょう。
もうひとつ。
ユスーポフ侯爵家にドイツ人の少女が滞在している情報があります。
わたくしの知り合いと思われます。調べられますか?』
茶封筒の中から、見覚えのある筆跡で書かれた暗号の手紙が出てきた。
書いた人の性質を表し、きっちりと細かく書かれている。
間違いなくアルラウネその人の手によるものだった。
胸の奥がチクリとした。それが懐かしさなのか、彼女への後ろめたさなのかはアレクセイ自身判別出来なかった。
一枚目はゲオルギー・バザロフ宛だろうと思えた。
二枚目は誰に宛てたものなのかは分からないが、内容からするとアレクセイがアルラウネと袂を別つ寸前のものだ。
どちらの手紙にもユリウスの存在が書かれていた。彼女はユリウスがロシアにいる事を知っていたのだ。
知っていながら、何も話してはくれなかった。
今更ではあるのだが少なからずショックを受けた。
あの頃……。
アレクセイはかなり荒れていて、保護者として又は指導役として小言を言うアルラウネを意識的に避けていた。
ロシアへ戻り、アルラウネの指導のもとに活動に没頭したが、自分の思想の変化や、ロシアの今後を憂えもどかしさを抱えていた。
そして空虚感に苛まれ何をしても満たされなかった。
理由は明らかだった。
ユリウスのいない喪失感……。
アレクセイは彼女の面影を振り払うように寝る間も惜しんで活動したが、それが癒える事は無かった。
彼の思惑とは関係なく、周りの女性達は若く精悍なアレクセイにすり寄ってきた。
初めは無下にはねのけていたが、ユリウスを忘れたくて……否、ユリウスを無性に求めたくて、すり寄ってくる女性達に誘われるまま次々と関係をもった時期があった。
女性達の柔らかで甘美な肌に触れ、心の奥深くにぽっかりと空いた穴を埋めようとしたのだが、望んだ結果は得られず余計にユリウスへの想いがつのるという悪循環に苛まれた。
女たちとはどれも仮初めの関係で終わった。皆アレクセイが自分を必要としていない事を敏感に感じ取り、女たちの方から離れていったのだ。ゆえに決して女性問題に悩まされる事は無く、周りの男たちに羨ましがられた。
そんな彼を最初の頃は黙認している様なアルラウネであったが、あまりにも目に余ったのだろう、しばらくするとアレクセイを呼びつけて注意してきた。
ユリウスとの事を知っていた彼女としては、アレクセイがそんな風に女性達と次々に関係を持っていくことに驚いていたのかもしれなかった。
「女性と付き合うな、とは言わないわ。ただ最近のあなたはどうかしていると思わざるを得ないわ」
「……」
「あの金髪の天使さんを想っていたのではなかったの?」
「……あんたも女だったんだな。それとも本来はロマンチシストだったのか?」
「どういう意味?」
「……さあな」
「アレクセイ!あなた……!」
「あいつの事は言うな!関係ない。あいつを想っていたって、どうしようも無いのは明らかだろう。それに……もう終わらせた事だ」
そう言い放った時のアルラウネの青ざめた顔色はどういう意味だったのだろうと、思い返すのだが今となっては知る由もない。
ただわかる事といえば、あの時の自分の言動はアルラウネに対する反抗期の様なものもあったのかもしれない、という事だ。
その後、彼女の導きと自分の思想に決定的なブレが生じ、より一層反抗の度合いが増していったのだ。
そんな微妙な時期に、彼の想い人がロシアにいて、あろうことか敵方の有力者の許にいるなどという爆弾発言はいくらアルラウネといえども言える筈もなかったのだろう。
言えばアレクセイを更なる悩みの深淵へと落としてしまう事は明白だったからだ。
「あの……実はあなたに渡したいものがまだあるのですが」
遠い昔に思いを馳せていたアレクセイは、イワンの控えめな言葉にハッとした。
「アルラウネの連絡文がまだあるのか?」
「ここではちょっと……」
アレクセイは手紙を封筒に戻し、イワンを促し彼が働く目の前の店に向かった。