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自分らしく
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彼方から 幕間4 ~ エンナマルナへ ~

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 彼方から 幕間4 〜 エンナマルナへ 〜


 確かに……
 何かとても嫌な夢を、見ていた――

「…………ッ!!」

 いきなり、誰かに突き落とされたような……
 そんな感覚に襲われ、アゴルは突として眼を見開いていた。
 瞳に映る満天の星……
 激しく脈打つ鼓動が、耳鳴りのように聞こえている。
 忙しない呼吸音――
 乾いた喉を潤すかのように、彼は唾を飲み込んでいた。

 体を起こそうとして、慣れた重みに気付く。
 胸の辺りを掴む、小さな手。
 頬を擽る髪。
 微かだが、確かに聞こえる規則正しい寝息……
 枕にされている腕を動かし、その手の平で愛しい娘の頭を撫でる。
 柔らかな髪の毛に唇を添え、いつもの温もりに、またこうして触れていられることに安堵する……

 風が、匂う。
 木や草の燃える匂い――それから、水の、匂い……
 その匂いに、アゴルは半身を起こしながら、辺りを見回していた。

「――ここ……は?」

 そう言えば、いつの間に寝てしまっていたのか……
 見覚えのない景色に、戸惑う。
 眼前に鎮座しているのは、星の光を弾き輝く水面――
 そして背後には、肉厚で緑の濃い葉を持つ、乾燥地帯ならではの木々と、丈の短い草が地には生えている。

「やっと目ぇ覚ましたのかぁ、アゴル」

 頭上から降ってきた声に、首を思い切り反らせ、見やる。
「良く眠れたか?」
 と、心配そうに寄せられた顔の思わぬ近さに……
「うわあっ!!!」
 アゴルは、水面を震わす程の大声を上げていた。
 咄嗟に、ジーナを抱え後退る。
「……お、お父さん?」
 不意に起こされ、覚めやらぬ瞼を擦りながら、ジーナは無意識に、父の首に腕を回していた。
 その背に手を添え、大声で呼ばわる。
「バッ……バラゴッ!」
 顔面を蒼白にし、
「い、いきなりその顔を見せるなっ、ビックリするだろうっ!?」
 思わず、口走る……
「おまえ……時々本当に、失礼だよな……」
 その、あまりの驚きようと言われ様に、バラゴはムッとしながら、呆れたようにアゴルを見据えていた。

          ***

 空にはまだ、星が煌めいている。
 だが、遠く、東の地平線は、薄っすらと色が変わり始めている。
 ……夜明けが、近いことを教えてくれている。

「ほら、水だ。喉、乾いてねぇか?」
 まだ、驚きの表情が残るアゴルに、バラゴはそう言いながら、なみなみと水の注がれたカップを差し出してくる。
 アゴルは一息吐くと、とりあえず笑顔を見せ、
「あ――あぁ、済まん」
 カップを受け取ると、そのまま先にジーナに渡していた。
 娘が、バラゴに礼を言いながら、美味しそうにカップに口を付ける様を見やりながら、アゴルは改めて辺りに眼を向ける。
「……オアシス――か……」
「おう、あそこから一番近いとこまで移動して来たんだよ、とりあえずな」
 『はい、お父さん』と言う言葉と共に返されたカップを受け取り、アゴルも喉を潤す。
「みんなはあそこだ、焚火が見えるだろう?」
 そう言われ、示された方を見やると確かに、馬車の傍らで焚かれた、焚火を囲む皆の姿が見える。
 良く見れば、周りには何頭もの馬の姿があり、馬車も、様相が少し違うように思える……

 ――馬は全部、怪物に喰われたはず……

 脳裏に、砂蟲の巨体と円い口が――
 傷つけられた同種を食い散らかす様が、蘇ってくる。 
 アゴルはハッとすると、ジーナを抱えカップを手にしたまま一気に立ち上がり、
「あれからどうなった? 馬は何処から手に入れたんだ? おれは一体、どのくらい寝ていた?」
 矢継ぎ早にバラゴに質問を浴びせ掛けていた。
「おう、待て待て、落ち着け」
 アゴルの勢いに面食らいながら、両手で押し留めるかのように制してくるバラゴ……
「先ずはみんなに顔を見せに行かねぇか? かなり、心配かけたんだぞ? おまえ」
 焚火の方を指差しながら、冷静にそう、窘めてくる。
「お父さん……」
「あ……」
 バラゴの言葉に同意するかのように、首に回されたジーナの手にも力が籠る。
 アゴルは、二人の顔を交互に見やりながら、
「そうか、そうだな――済まん……」
 そう言って、自身を落ち着かせるように、大きく息を吐いていた。
 バラゴは、先に立って歩き出しながら、
「もし、腹が減ってんなら、軽いが食い物もあるからよ。言ってくれ」
 そう言って肩越しに見やってくる。
「そうか、色々と済まん」
 にかっと、懐っこい笑みを見せるバラゴに、アゴルも笑みを返しながら、その背に付いて歩き出した。

          ***
 
「物凄い叫び声だったなっ、アゴル!」
 満面の笑みで立ち上がり、最初に声を掛けてくれたのはバーナダムだった。
「アゴル、体の調子はどうだね?」
「どこか、痛く感じるところは?」
「眩暈など、したりしないか?」
 次いで、三人の重臣方が揃って、彼の身の心配をしながら歩み寄ってくる。
「……あ、有難うございます……その、ご心配をお掛けしました……」
 重臣方に取り囲まれ、更には気遣われていることに恐縮しながら、謝辞を述べるアゴル。
「あれだけ大きな声で叫べるんだから、大丈夫ですよ」
「確かにそうだな、本当に、大きな声だったものな」
「バラゴの顔に、驚いたんだろ?」
 そのアゴルに向けて、重臣方の後ろから、三人の明るい声が聞こえて来る。
 左大公の二人の息子とバーナダムが、おかしくて堪らないとでも言いたげな表情で、覗き込んでいる。
 重臣方と場を入れ替わりながら、
「チッ……ほっとけ……」
 アゴルの隣でムッとし、顔を背けるバラゴに、笑いを堪えつつも謝る面々。
「もう、無理すんなよな」
「ちょっと頼り無いかもしれないけど、おれ達もいるから」
「少しは当てにしてくれよ」
 一人、一言ずつ……
 アゴルに声を掛けながら、その肩を軽く叩いてゆく。
 皆が、傾けてくれるその心がとても温かく……
「済まない、みんな、心配をかけたな……」
 アゴルの自戒を込めた言葉とその笑みに、皆も、笑みを返していた。

「ところで……」
 一息吐き、辺りを見渡し……
「ゼーナ達はどうしたんだ? エイジュも……何処に行ったんだ?」
 姿の見えない者たちの行方を、皆に訊ねる。
「ああ、それなら……」
 アゴルの問いに、バラゴが応えようとした時だった。
「みんな、この馬車の中だよ」
 そう言いながら、ガーヤが顔を出したのは……

          ***

「いやね、エイジュがどうしても、みんなの体の状態を把握しておきたいって言うからさ……」
 そう言いながら馬車から降り、ガーヤはアゴルへと、歩み寄ってゆく。
「目的地までは、まだ結構距離があるからよ……いざって言う時、へとへとじゃあ、逃げらんねぇだろってよ」
 ガーヤの言葉を受けながら、その意を説明するバラゴ。
「おれ達も全員、エイジュに体の調子を診てもらったんだぜ」
 焚火へと戻りながらそう言うバーナダムに、他の面々も相槌を打ってくる。
「それでさ、あの場から一番近いこのオアシスまで移動して来たのさ、休息も兼ねてね」
「……そうだったのか」
 自らの与り知らぬ内に事が粛々と運んでいたことに、少し戸惑う。