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自分らしく
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彼方から 幕間4 ~ エンナマルナへ ~

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 不覚にも、エイジュが同行してくれることに安堵し、眠ってしまったことに、責を感じる。
 だが……
「済まな――」
「おっと、謝るのは無しだ、アゴル」
 声に出し掛けた謝りの言葉は、バラゴによって遮られていた。
 思わず眼を合わせてきたアゴルを、
「おまえだけが、責任感じることじゃねぇだろ」
 バラゴは少し真剣な眼差しで真っ直ぐに見返し、
「出来ることを出来る時に、出来る者がやる――それだけのことなんだからよ」
 そう言って、顔を寄せてくる。
「あ、いや……うん、そうか――そうだな、済まん、気を付ける」
 寄り眼になるほど近くに寄せられたバラゴの顔に、少し、気圧されながら、アゴルはそう応えていた。
 寄せた顔を戻しながら腕を組み、『我ながら良いことを言ったな』とでも言いたげに、満足そうに何度も頷くバラゴ。
 そんな彼に、
「なに、偉そうに言ってんだよ! 全部エイジュの受け売りじゃねぇか!」
 と、声を上げるバーナダム。
「お、おい! 余計なこと言うんじゃねぇよ!」
 焦って言い返すも、時既に遅し…… 
「なんだ、そうなのか?」
 呆れ顔で見上げ、問い返してくるアゴルに、
「……まぁな」
 ポリポリと額を掻きながら、少しバツが悪そうに、認めていた。
 焚火の周りでくつろいでいる面々から、笑い声が上がる。
 
「こんなに明るい笑い声は、久しぶりだね」

 その笑い声に誘われるように、ゼーナが馬車の幌幕から顔を出していた。
 皆の和やかな表情を眼にし、自然と、頬が緩んでゆく。
「姉さん、終わったのかい?」
 馬車から降りて来ようとしている姉に、手助けするかのように手を差し出しながら、ガーヤが問うている。
 にっこりと微笑み、遠慮なく妹の手を取りながら、
「ああ、特に問題はないそうだよ」
 そう応え、二人は互いに何かを確認し合うかのように、頷き合っていた。
「あたし達も、大丈夫だそうです」
「はい、大丈夫でした」
 ゼーナの後から、アニタとロッテニーナもひょこっと顔を出し、笑顔を見せる。
「残っているのはあんたとジーナだけだよ」
「エイジュさんが、一緒に入るように言って欲しいとのことです」
「ジーナも、まだ診てもらってないので」
 三人ともアゴルを見やりながら、焚火の方へと歩を進めてゆく。
 その様子を見やり、バラゴも一緒に歩き出しながら、
「茶でも飲んで待ってるからよ、さっさと診てもらってこい」
 顎先で早く行くよう、アゴルを促していた。
「ああ……分かった」
 エイジュが居る馬車へと足を向けながら、ふと、東の空を見やる。
 また少し、空が明るくなった気がする。
 風が運ぶ冴えた空気を吸い込みながら、アゴルはジーナと共に、馬車の中へと入っていった。

          *************
 
 グゼナで調達した馬車よりも、一回りは大きな馬車だった。
 入ってすぐ、その大きさに中を見回すアゴル。
「気分はどうかしら……」
 エイジュにそう、声を掛けられなければ、ずっと、見回していたかもしれない。

 灯明の、優しく仄明るい光の中……
 奥の方に座し、エイジュは書誌に何やら書き込んでいる。
「……特に、何ともないが――」
 美しい横顔を見せたまま、問うてくる彼女を瞳に捉え、アゴルは少し躊躇いがちにそう応えていた。
 必要なことは書き終えたのか……
 エイジュは書誌を閉じ、ペンを置くと、体の向きをアゴルの方へと向け、
「みんなから、話しは聞いているかしら」
「ああ、体の調子を、診てくれているそうだな」
「ええ……後はあなた達、二人だけよ」
 そう言いながら、
「先ずはジーナから」
 手を差し伸べてくる。
「済まん、頼む」
 アゴルはジーナを軽く抱き上げると、差し伸べられたエイジュの手の中へと、娘の身を置いていた。

 仄青い光に包まれてゆくジーナ。
 ふと……
 同じ光に包まれていた、ノリコのことを思い出す。
 そう言えばノリコよりも先に、イザークも同じ光に包まれていたなと――
 白霧の森での出来事が、グゼナの国境近くで野営をした夜が、ノリコの療養の為に借りていた家での、短くも楽しかった皆との暮らしが、脳裏に蘇ってくる。
 一つ思い返せば、それに引き摺られるように、これまでのことが次から次へと浮かんでは、消えてゆく……

 ――リェンカを出てから
 ――本当にあっという間だったな

 人心地ついたせいだろうか……
 それとも、淡く、明滅を繰り返す、エイジュの『癒しの雫』の光のせいだろうか……
 まるで、走馬灯のように脳裏を巡る記憶に、アゴルは次第に意識を奪われていた。 
 
          ***

「はい、終わったわよ、ジーナ」
「うん、ありがとう、エイジュ」
 二人の会話に、ハッとする。
 いつの間にか『自分だけの世界』に、思考が飛んでしまっていたことに気付く。
 こちらを振り返るジーナに手を伸ばし、
「どうだ?」
 エイジュに問い掛ける。
「ジーナも特に大した問題は見当たらなかったわ、少し……疲れがあるくらいね」
 先程の書誌に何やら書き込みながら、笑みを向けるエイジュ。
「そうか、良かったな、ジーナ」
「うん!」
 傍らに座り、顔を綻ばせて頷く娘の頭を撫で、アゴルもまた、満面の笑みを返していた。
「次はあなたよ、アゴル。座ったままで良いから、こちらに背中を向けてもらえるかしら」
「あ、ああ……」
 エイジュに言われ、アゴルはジーナに気を付けながら背を向ける。
 向けられた背に手を当てながら、
「少し時間が掛かるけれど、良いかしら?」
 エイジュはそう、断りを入れて来た。
「時間が……? どうしてだ?」
 怪訝そうに、肩越しに眼を向けてくるアゴル。
「診てくれるのなら、あなたは特に念入りに診て欲しいと、みんなに頼まれているのよ……勿論、ジーナからもね」
 エイジュは訳を話しながら、右手に『能力(ちから)』を籠め始めた。
 仄青い光が、アゴルの全身を包んでゆく。
「ジーナも?」
 更に怪訝そうに、娘を見やるアゴル。
「どうしてだ、ジーナ」
 優しく髪を撫でてくれながら、そう問うてくる父の膝に手を乗せ、
「あ……あのね……」
 ジーナはおずおずと、口を開いていた。
「お父さん――急に、倒れちゃった……から……」
 眉根を寄せ、憂いを湛えた瞳を向けて……
「急に……?」
 問い返してくる父に、頷きを返す。
 その、小さな胸にその時のことが蘇ったのだろうか……
「エイジュはね、寝ているだけだから大丈夫だって、言ってくれたんだけど……」
 ジーナは父の服を握り締め、語尾を濁しながら俯いてしまう。
 『大丈夫だ』と、そう言われていても、不安で……心配でならなかったのだろう――
 服を掴む指が白くなるほど力を籠めているせいか、微かに、震えている……
「ジーナ……」
 娘の、小さな背に、優しく手の平を乗せてゆく。
 温かく見詰め、柔らかい微笑みを浮かべ、飽くことなく……
 アゴルは何度も、何度も……ジーナの背を、撫で擦っていた。

          ***

「ジーナ……また、眠ってしまったわね」
「ん? ああ、そうだな」
 父の膝に体を預け、少し笑みを浮かべながら安らかな寝息を立てる娘……