サヨナラのウラガワ 9
「ほら、アーチャーが作った朝ご飯。おいしいって言うんなら、きちんと食べてから仕事に行かないとさ」
「ふーん。衛宮くんもアーチャーのご飯がおいしいって、知ってるんだー」
「う……、お、俺は、そんなこと、……言ってない」
尻すぼみになる声が情けないけど、日々文句をたらたら言ってるってのに、“アーチャーの作るものはなんでもおいしい”って認めるのは恥ずかしい。
できることなら、一緒に台所に立って、その技を盗みたいんだけどな……。
さすがに、それはできない。なんだか、あんまり馴れ馴れしくするのは気が引けてしまうんだ。
それにしても、アーチャーって、どこの英霊なんだろう?
和食、っていうか、日本の家庭料理が得意だから、日本なのかな?
いや、でも、あのナリだし……、日本人には見えない、かなぁ。
うーん。俺よりも背が高いし、あんな髪色とか肌の色だから、純日本人ではないのかもしれない。
そういえば、俺も背が伸びている。たぶん、高校生の頃よりも十センチは高くなっていると思う。
そんな俺よりもアーチャーは頭半分上にあるから、百九十センチに近いよな、きっと。
ますます日本人離れしている……。
英霊って昔の有名人なんだろ?
日本の昔の人って、そんなに背が高くないはずだから、やっぱり日本の英霊じゃあないのかもな。
なんだかんだと考えながら、ついついアーチャーを見てしまう。サーヴァントは食事を取る必要がないはずなのに、アーチャーもセイバーもいつも一緒にご飯を食べている。これは、いい習慣だと思う。みんなでご飯を食べるのは美味しいし。
まあ、遠坂とセイバーは仕事で夜は食べてきたりすることが多いから、アーチャーと二人ってのがほとんどなんだけどな。
ふと思う。
俺はアーチャーとどんなふうに聖杯戦争を戦ったんだろう?
強化の魔術もまともにできない俺をマスターにして、アーチャーはどんなふうにして勝ち残ったんだ……?
もうちょっと遠坂に詳しく訊きたいんだけど、遠坂は今日から数日間仕事で留守にするらしい。いつもは日帰りで、夜には帰ってきていたんだけどな。
しばらくアーチャーと二人か。
何をしよう?
……って、あれ?
なんだろう?
急に鼓動が早くなってきた。
ドキドキして、なんだか息苦しい。
おかしいな。持病なんてなかったはずだけど……。
「マスター、どうかしたか?」
「ぴゃっ!」
「…………」
飛び上がって立ち上がってしまった。
「あ、あはは、な、なんか、あははは……」
笑って誤魔化したけど、怪訝な顔をしただけのアーチャーは、黙って食器を片づけていく。
「あ、後片づけは俺が! ご、ご飯も任せたし、このくらいは、俺がする」
「……そうか。では、頼む。私は洗濯物を干してくる」
「え……」
うそ、頼まれた……。
初めてだ。
ほ、ほんとに頼まれた……ん、だよな?
確認しようとアーチャーを見れば、ばっちりと目が合う。鈍色の瞳は俺をじっと見ている。
ドクドクって、耳元に心臓があるみたいだ。周りの音すらかき消されていって……、なんでだろう、顔が熱くなってくる。
「シロウ、どうかしましたか?」
「はっ! え? い、いや、だ、大丈夫!」
「そうですか」
にこ、と笑い、金糸を揺らしたセイバーは俺を気遣ってくれたみたいだ。遠坂もだけど、セイバーも、なんだかお姉さんっぽく俺に接している気がする……。
セイバーは仕方がないかもしれないけど、遠坂は同級生なのに……。
俺が記憶を失ったりしたから、二人とも心配してくれているんだろうな。
それに、アーチャーもだ。
日中は全っ然、言葉にも態度にも出さないけど、ずっと夜は寝ずの番をしてくれている。
俺が眠りこけている近くで、アーチャーは守るみたいに俺の側から離れない。
変な寝言とか言ってないだろうか、俺。寝相は、良いか悪いかなんて自分ではわからないけど、ベッドから落ちたりしたことはないから、良い方だと思う。
絶対にないと思うけど、一晩中アーチャーが俺を見ていると思うと、なんだろう、恥ずかしいような気もするなぁ……。
早く慣れないとな、アーチャーとの生活に。
日本に帰ったら、家で一緒に暮らすんだから。
サヨナラのウラガワ 9 了(2021/1/3)
作品名:サヨナラのウラガワ 9 作家名:さやけ