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跡始末

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10:それから



 だが、ここからも明之丞には関門が待ち受けていた。マスコミが嗅ぎつけて来たのである。あまりにも突然すぎる十二代麗京の死。その後の慌しい葬儀。そこに何かがあると邪推したのである。
 マスコミはこぞって『真実』ではなく『推測』を記事にした。闘病生活に疲れた末の自殺説や、奥方殺害説のような、半ばふざけているようなもの。流派の内紛に巻き込まれた説、流派の運営に行き詰まりを感じた説といった、当たらずとも幾らかの事実を含んだもの。中には、明之丞を悪し様に言い、全ての黒幕かのように扱ったメディアもあった。
 だが、こうやって大々的に書き立てられ、世間の耳目を集め始めた頃、既に早水流は解散していた。早水流という母体がない以上、流派としてことに当たることはできない。それゆえ、公的な声明を出すことも不可能になってしまったのである。
 明之丞も奥方も、世間に向けて言いたいことは山ほどあった。言われなき誹謗中傷に対して、百万言を尽くして訴えたかった。だが、二人とも辛抱強く貝のように沈黙を貫くことにした。下手に口を開いてぼろを出し、真実が明るみに出てしまうことを恐れたのである。
 早水流を解散させた張本人である明之丞や、十二代目麗京の親族が口を固く閉ざしているとわかった途端、彼らは矛先を変えてくる。
 マスコミの中にも、亡くなった日の舞台の麗京が妙にぎこちないことに気づいた者がいた。特に、小道具を取り落とすというミスは、十二代目麗京ならば、絶対にしない失敗だ。ここに、麗京の不自然な急死と、唐突な早水流解散の秘密を解く鍵があるのではないか、と考えた者がいたのである。
 記者たちは、こぞって香竜に取材を試みた。香竜はあの時、零京と思われるミスをした黒衣の顔を下から覗き込んで顔を見た唯一の人物だ。一体、あの黒衣は誰だったのか。香竜はフラッシュの中、大量のマイクを突きつけられた。
「あの日、出演者に変更はありませんでしたよ」
しれっと言ってのける香竜に、そんなはずはないだろうと記者たちは質問を浴びせかける。
「当日、十二代目の麗京さんは、舞台上で小道具を落とすという失敗をしたそうですが、それについてはどう思われますか」
「あの日、麗京殿は病み上がりでございました。恐らくはそれ故のミスでしょう」
「麗京殿は、失敗に非常に厳しいと聞いておりますが、なぜ、その黒衣の方に対しては何もおっしゃらなかったのでしょうか」
「私は、本番で失敗をしないため、練習でかなり厳しく指摘をすることはあるかもしれません。
 しかし、本番で起こってしまったことはもう取り返しがつきません。
 その場合、演者を叱るよりも、そのトラブルをどう収拾するか考えるべきでしょう。
 その結果、舞台そのものがうまく言くなら、その後何かを言うことはありませんよ」
「ところで、当日近くで見ていましたが、香竜さんは黒衣が落とした道具を拾い上げた際、黒衣の顔を覗き込んだように思われたのですが、その点どうでしょうか」
「いえ、顔は見ておりませんね。麗京殿とわかっているのですから、わざわざ顔を覗き込んで確認する必要はありませんよ」
「しかし、我々素人の目でみてもわかるほど、当日の『麗京殿役の黒衣』は動きがぎこちなかった様に思えるのですが……、あの黒衣は、本当に麗京殿だったのでしょうか」
「むしろ、素人の目だからこそ、麗京殿ではないと見紛えたのではないでしょうか。
 共に舞台に立ち、共に演技をしないと見えてこないものもあるのです。
 確かに大きなミスはあったかもしれない。動きはぎこちなかったかもしれない。
 それでもあの黒衣は、『麗京殿』だったんです」
「しか……」
「それに」
香竜は記者の話を遮って付け足す。
「そもそも、麗京殿が演じていた黒衣が何のためにいるか、みなさんご存知ですか。
 ただただ、小道具を渡すだけの存在ではありません。
 トラブルが起きた際のフォローをする役割でもあるのです。
 しかしこれは、黒衣にだけ言える話ではありません。
 我々が不測の事態に会えば、黒衣がフォローをする。
 反対に、黒衣だって人間です、間違えることも無論あるでしょう。
 そう言った事態になれば、可能な限り我々演者が黒衣を助ける。
 それは、ごくごく当たり前のことではないかと思うのです」
香竜は一度言葉を切って、再び話し出す。だがその目線は、目の前の記者たちではなく、どこか遠くの『誰か』に向けて話しているかのようだった。
「麗京殿が取りまとめていた早水流、そのスローガンはなんでしたか?
 『早水流の全ては、全ての流派の為に』だったはずです。
 この言葉通り、歌舞伎界全体が早水流の多大な努力によって長年支えられてきたのです。
 その早水流が苦境に陥った際、皆さんならどうしますか?
 少なくとも私は、黙ってみていることなどできるわけがありません」

 この言葉によって、香竜はマスコミの追求を断ち切った。マスコミも、あの日の舞台に立った黒衣の正体を唯一知る香竜が、十二代目麗京だと言い張る以上、下手な憶測を立てる事ができなくなってしまった。また、これによって、この騒動自体、人々の記憶から急速に薄れていった。解散届が出された早水流は過去の遺物となり、黒衣の役割は、以前のように演者の弟子が行うものへと戻ったのである。

 そのように、早水流が忘れ去られていく中で、幾人かの元弟子が、それぞれ早水流の後継と称した新流派を興した。だが、亡き師の見立てが正しかったのか、競争による共倒れか、それ以外の理由か、そのどれもが長く続くことはなく、再び解散の憂き目に遭った。

 明乃丞は、師匠の頼みをどうにか終えた後、黒衣稼業からすっぱり足を洗い、実家の乾物屋を継いだ。師匠、十二代目麗京の死と早水流の解散にまつわる真相については、頑なに口を噤み、一切語る事はしなかったという。


作品名:跡始末 作家名:六色塔