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跡始末

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9:師匠宅の攻防



 師匠の葬儀の翌日、兄弟子たちが大挙して師匠の家へとやってくる。明之丞も、無論その来訪を予想していた。
 兄弟子たちは、なぜ、葬儀を急いで身内だけで済ませたのか、それを問題にしていた。問題にする理由は明白である。兄弟子たちは、師の葬儀に出席して、TVカメラの前で、少々大げさに泣いてみたり、師との思い出を語ったりしたかったのだ。そうすることで、亡き師への忠誠を世間に印象付け、今後の身の振り方を少しでも有利にしようという魂胆なのだ。その当てが外れ、行き場のない憤りを抱えた兄弟子たちは、師匠宅で応対に出た明之丞に、掴みかからんばかりの勢いでがなりたてる。
「お前なんぞに葬儀を任せたのが、そもそもの間違いだったわ」
「そこをどけ、お前の顔なぞ見たくもない」
「師の葬儀を大々的に執り行わないなぞ、弟子の風上にも置けぬ!」
暴言を吐く兄弟子たちを前に、明乃丞は眉一つ動かさず言い放つ。
「兄さん方。葬儀については他ならぬ師匠本人が、私に一任されたのを、お忘れではないでしょうな」
兄弟子たちは、静かになる。
「葬儀を簡単に済ませたのは、師匠はもちろん、遺族である奥方の意向でもあります。是非ともご理解頂きたいと思います」
明之丞の、理詰めの対応に、兄弟子たちは気圧される。
「ところで、こちらも亡き師から託されております、流派の解散手続きについてですが」
明乃丞は、一枚の用紙を兄弟子たちの前に差し出す。
「流派に人員が3名以上存在する場合、最低3名の者の署名が必要らしいのです。
 お手数ですが、私以外の2名の方、一筆お願いできませんでしょうか?」
 舞台を終えた明乃丞の、次の悩みの種はこれだった。流派の解散届を提出するためには、この署名のために、もう一度兄弟子たちと合間見えないといけないのだ。
「ふん。書いてやるのは構わんが、よくよく話し合って協議せねばならんな」
兄弟子の一人が言い放つ。それを聞いた明乃丞は、案の定という表情でため息をつく。恐らくは、嫌がらせのため、無駄に時間を引き伸ばされることだろう。
「やはり、素直に書いてくれるわけもないか」
小さくそうつぶやき、兄弟子たちの中で、多少話を聞いてくれそうな心当たりを何人か思い浮かべる。仮に彼らを説き伏せるとしても、かなり面倒な作業になりそうだ。そのとき、
「この度はご愁傷様。麗京殿の弔事に参った」
兄弟子たちの脇からのっそりと現れたのは、香竜だった。香竜の顔を見て、先日の舞台上のできごとを思い出し、明乃丞はぎくりとする。だが、下がるわけにもいかず、仕方なく丁寧に頭を下げる。
「大変申し訳ありませんが、故人の遺志で、葬儀は内々で行わせて頂きました。
 すみませんが、礼拝も遺族のご意向でお断りしております」
明乃丞は、通り一遍の文句を述べる。だが、言葉を吐いている最中、背筋が凍りついていた。
「ふむ。そうか。では立ち去るとしよう」
香竜は、案外聞き分けよく、出て行こうとする。その際、一瞬立ち止まり
「差し出がましいようだが、なにか揉めているのかな?」
と、明之丞に問いかける。明之丞が口を開く前に、兄弟子たちが香竜へ口々に喚きたてた。曰く、この末弟子が師の葬儀を我が物としただの、流派の占有を企んでるだの、兄弟子を蔑ろにしているだの……。
 明乃丞は、その兄弟子たちの言葉一つ一つに丁寧に反論していった。葬儀は、亡き師から自分が取り仕切るように言われており、兄弟子たちも私に任せる腹積もりだとこぼしていたこと。流派は、これも亡き師によって解散を言いつけられており、今、解散届の署名を依頼していたところであること。決して兄弟子たちを蔑ろにしていたわけではなく、多忙の兄弟子たちに代わって自分がこれらを取仕切っていること……。
 香竜は、双方の話を聞き、冷静に吟味した後に一言呟いた。
「末弟子のほうが、幾らか理があるようだ」
そして、兄弟子たちに向かって、
「どちらにしても、流派の解散は麗京殿のご遺志なのであろう。
 ならば、腹に思うところあれど、今すぐ大人しく署名することですな」
香竜にそう言われては、兄弟子たちも断れなかった。

 香竜の助けによって、明乃丞は、どうにか流派の解散届を作成することができた。明乃丞はその届を当日中に素早く提出する。
 こうして、どうにかこうにか、奥方や香竜にも助けられ、明乃丞は亡き師の頼みに応えることができたのだった。


作品名:跡始末 作家名:六色塔